2009年10月27日

新たなるステージへ

 
 勝頼の会も発足して1年

 この一年の成長は大きくなりました。

 その間に、武田家末裔の方々、ファンの方々、会のスタッフの方々から寄せられた情報というものは多くの発見や、これからの研究の課題を与えてくれました。

 現在は、仁淀川町という範囲を超え、県外各地からの情報、連携が取れる状態に発展しており、半年前とも全く違う空気を感じております。

 多くの方が当会を訪れて、系図で自分たちのルーツを探す人や、史跡へ足を伸ばす人、武田勝頼に興味を抱く者がとても増えた事、伝統文化を見直す人たちが増えた事。ありがたく成果を感じております。

 これからは、更なる情報の公開の場としてブログを活用させて頂いて行こうと思います。
 
 
 土佐に広い範囲で残る勝頼の伝説、勝頼なしでは語れない物語が土佐にある事は大変興味深く、ロマンを抱かせます。

 
 新たなるステージに第1歩踏みだします!
  冒険に満ちた展開をお楽しみにぴかぴか(新しい)


 さて、これからもまた宜しくお願いします。わーい(嬉しい顔)
posted by makkun at 20:10| 高知 晴れ| Comment(13) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シンガーソングライターの美咲さんが来られました

25日(日曜日)

 この日は、シンガーソングライターの美咲様とマネージャーの篠原様が史跡を巡りに来られましたぴかぴか(新しい)
          aaCIMG8943.jpgmisakix0.jpg


 かわいい美咲さんは、信州・松本を本拠地にかわいい
2003年から路上ライブを開始し、
2004年にシンガーソングライターとして活動。
同年に、「〜地球(テラ)〜」が世界180ヶ国に広がるアースデイネットワークearthday.jpの公式ソングとなり、全国各地でライブ活動を行っています。

 太陽光晴れで自家発電した電力を使った新しいLIVEスタイル「光合成LIVE」を展開し、自然なクリーンエネルギーを促進している事でも大変注目を集めていますグッド(上向き矢印) 

 詳細は、「美咲オフィシャルサイト」へ
 http://www.misakix.jp/



自然〜宇宙などから抽出されたエッセンスを歌にして、
全国の遺跡、史跡、文化財・文化施設などへも足を運んでおられます。
車(RV)船新幹線
今回、諏訪の観音院の中島住職様からのご紹介という事で、
勝頼が土佐へ落ち延びた里へ来て頂き、とても感謝しております。ここから何かイメージをつかんで頂ければ、こんな嬉しい事はなかなかありませんね。

 歌声がとても素晴らしいんですよ!オフィシャルサイトでも試聴できます。


 このCDがどれも素晴らしかったexclamation×2わーい(嬉しい顔)
その中でも「光合成」というアルバムが、今まで体験した事もない心地よさでした満月
 自然の中から湧き出すような、やさしい音(歌)とギターのシンプルでありながら、壮大な音楽が、今までのジャンルでははかれない良さを持っています。また太陽光発電のみで製作された歌と考えても、そのコンセプトも歌も、美しく、ナチュラルでいて、心に響いてきます。ゆるやかにぴかぴか(新しい)
 
 この仁淀川町の自然の中でぜひ聴いてみたいです!ぴかぴか(新しい)みんなで応援しましょう!そして来て頂ける機会を作りましょうわーい(嬉しい顔)
 


るんるんさて、この日の日記でするんるん

朝9時半ごろに、この仁淀川町に到着されました。車(RV)
 挨拶を交わした後、早速、勝頼の墓へと行きました。

 美咲さんも、マネージャーの篠原さんも、さっとバックパックを背負って、いつでもハイキングに行けるような感じで、さすが長野県から来た方々だと思いました。とても元気で明るいイメージです。
 
aaCIMG8943.jpgaaCIMG8942.jpg


大崎八幡宮へ ここで、新たな発見がありますひらめき

 長い階段の参道を登って神社へ行きました。

 篠原さんが、方位磁石を出して方角を見て、何か頷いた感じだったので聴いてみると、この神社は東を向いているという事を仰りました。

 その通りです、この大崎八幡宮は東向いているんですね、仁淀川町の他の神社は、ほぼ全部が南を向いているので、僕もどうしてか気になっていたんです。

 諏訪では古より日(太陽)晴れの信仰が行われており、つまり、勝頼の母君の居た観音院も、太陽のパワーを受ける作りとして、天と湖から2つの太陽の光が差し込む作りになっており、昔から太陽を祀る祭祀が行われて来たと考えられております。

 大崎八幡宮も東向きであり、東には、山があり、川が流れております。
 現在は杉や檜が高くなり、神社の周りを覆っています。
ですが、約40年前の風景というのは、背の低い落葉樹の山で、神社から周りの風景が見渡せるものでありました。
 今も、八幡宮の山の間から川が見えるぐらいですから、当時は川も見えたでしょう。
 その当時というのは、どういう状況であったのでしょうか?
ある時期の、ある時間帯になると、太陽が、川を照らし反射して、2つの太陽が見られた事は想像に難しくありません。

 太陽信仰に沿って考えると、諏訪と、この大崎八幡宮の意味合いなどが表れて来るものと思います。

 あらたなロマンを発見しましたね!勝頼が知っていたであろう、諏訪の信仰から新たに研究する部分が見えて参りました。



ひょうたん桜へ

 篠原様が乗って来た車で、狭い山道をどんどん登って、
 桜へと行きました。
 
 勝頼が、この地へ来た時に、この地に決めたとの事で、
 持ってきた杖を立てて、高遠より持ってきた桜の種を撒いた場所が
今の樹齢は430年以上を数える「ひょうたん桜(大藪彼岸桜)」の立つ場所です。
 (※ちなみに町では樹齢500年となっています(汗))

 篠原様に聞いたところによりますと、「杖を立てる」事、それ事態が大変重要な所作であると、教えて頂きました。

 つまり、杖、柱を立てるという行為は、ここを「軸」にするという意味を持つとの事です。ぴかぴか(新しい)
 それで「ひょうたん桜」の対岸にある集落を篠原様が気にしており、
あっちには何があるのか?と訪ねましたので。
 「大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)」と答えました。

 それで、更に頷かれて、篠原様に聞いたところ
諏訪神社も、大山祇神社も、大祝(おおほおり)という位の神官が居た事でつながりがある事を説明頂きました。

 これは、調べてみなければいけません!
「大祝」でつながって来るのかと思います。

 さらには、秦氏(はたうじ)と、諏訪には関わりがあることも聞きました。その辺り、調べてみると面白いかと思います。
 なぜなら、勝よりは諏訪、長宗我部氏は秦氏だからです。
地域に関わりがありそうな、そんな予感がします。


レストラン昼食は中津渓谷 ゆの森でとりました。


寺村の観音堂(流光山成福寺)へ


         aaCIMG8946.jpg

ありがたくも一緒に写真に何度か撮影してもらいました。

 観音堂の由来などを説明させて頂きました。
 篠原様は香宗我部氏の里でもあったこともあり、そちらの方面からこの寺の事を調べてみたら良いのではとアドバイスを頂きました。
 なるほど、元々は香宗我部氏と関わりの深かった場所と言われる寺村、でありますから何かまた面白い発見につながるかもしれませんね。

 さらに興味を抱いていたのは、寺村の集落の下には仁淀川が流れており、橋の下に伝わる伝説です。ひらめき

 この橋の下の川は、大変深くなっており、岩盤で岸が作られている場所の下に大きな穴があると言われており、
 さらには、その中に龍(りゅう)が住み、日照り続きで、雨乞(あまご)いの儀式を行った際にその中から龍が出てきて、川を上り恵みの雨を降らしたという伝説があります。

 そして、時代を経てその穴の中に泳ぎの達者な若者が潜って入りました。数時間して出てきたその者は、その穴の中にあったものは言ってはならないものであると、決して穴の中にあった正体を語らなかったと言われております。

 これを聞いた篠原様は、浦島太郎の話をしてくれました。
岡山にある、竜宮伝説の残る場所と本当に似ているとの事で、しかも、川の真上に神社、その上に寺のある配置なども全く一緒だと言うのです。
 確かにこれは「竜宮伝説」とそのまま言ってしまっても良い内容です。わーい(嬉しい顔)

 
 

posted by makkun at 19:16| 高知 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月23日

杵つき餅の実演販売 in フェスティバル土佐 第38回ふるさとまつり



フェスティバル土佐 第38回ふるさとまつり

会場:高知市鏡川河畔みどりの広場

日時: 10月23日(金)午前10時〜午後5時
24日(土)午前9時〜午後5時
25日(日)午前9時〜午後4時


我々、仁淀川町も、杵つき餅の実演販売を行いまするんるん

 メンバーは商工会と商工会青年部&ご婦人

 今日23日は、あんこを丸め冷蔵、餅米や、道具を一式を構えて帰ってきました。

さて明日の朝は4時起きで、5時過ぎには商工会へ、6時出発で、7時過ぎには会場へ到着します。

 仁淀川町の餅つきも、ふるさとまつりの名物となってきました。
なかなか体力を使うイベントですが、お客さんもだいぶ並んでくれるんでやり甲斐があります。

 杵でついた餅は、機会でつくのと違って、ネバりが有って良いのです。杵をついている風景まで味に染みこんでいますので、美味しいはずです!わーい(嬉しい顔)

 さて、早く寝よう半月

 

 
posted by makkun at 22:57| 高知 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

金子直吉翁の偉業を称える会

18日(日曜日)に
 高知県吾川郡仁淀川町下名野川619の
山村自然学校「しもなの郷」にて午後1時〜3時に開催されました
「金子直吉」を称える会に、仁淀川町の地域の人達が集まりました。

 主催は、しもなの郷運営委員会 会長 中西二三

 家詳細は「しもなの郷」ホームページで

           aaDSC00103.jpg

 この地域から、こんなにスゴイ偉人が出て居るという事を、特に地域の人たちには知ってもらいたいと思います。案外知られてないんですね。

 地域の子供達が、自分達の地域の文化、伝統、人物を知るという事は、自分たちの地域に誇りを持ち、世の中に出て行く自信を養うことになります。
 自分が尊敬する人物をよく知るという事は、自分の人生を設計する上でもいいんだと、何かのセミナーでも言ってましたねー、誰だか忘れた
あせあせ(飛び散る汗)(笑
 
 ちなみに橋本徹氏(大阪府知事)は、もと橋本弁護士だったわけですが、「深い〜話し」というTV番組で、「どらえもん」に登場するスネ夫を真似していじめられなくなったって話しをしていました。
 力のあるジャイアンと上手く関わっているスネ夫に見習ったとの事で、行政も実行力のある人を上手く動かす事が大事だと述べておりました。
 なるほど、スネ夫を観察して、そういう生き方を学べた事が後の橋本知事を生んだわけです。
 そう思うと、やはり自分が見習いたい人物というのは、地域やマンガにも存在するんです。
 まして、実在の人物の生き様というのは、自分の人生の設計図にも当てはめる対象として最高のものだと思います!

 身近に金子直吉のような人物がおると思うだけで、やれば出来るんだなーと、夢もふくらみますよ。グッド(上向き矢印)
 で、どういう人物かご存じでしょうか?ぴかぴか(新しい)

経歴紹介文章を抜粋します

 高知県生まれ。明治19年、神戸にあった鈴木商店に入る。店主・鈴木岩次郎の死後、未亡人・鈴木ヨネの下で大番頭に抜擢されたがその直後、樟脳(しょうのう)の相場に失態を演じて店を倒産寸前に追い込んだことがある。しかし、その後、第一次大戦で鈴木は飛躍的な発展を遂げ世界的商店へと発展。大正から昭和初期にかけて三井・三菱をしのぐ大商社となる。昭和二年、金融恐慌の渦中で放漫な貸付を行っていた台湾銀行と、その最大の融資先である鈴木商店との関係が政治問題化し、倒産。鈴木商店は倒産後「日商」となる。
 また、金子直吉は、そうした数多くの企業を創業する一方、私財を費やして多くの企業人を育成し、さらに比類なき主家に対する忠誠心の高さや私生活における無欲恬淡な人でもあり、彼の企業者活動は高く評価されています。


 
 会場である場所は、自然のとても美しい、廃校(下名野川小学校)を利用した宿泊施設です。

 会が行われる前にご紹介したら良かったのですが、バタバタしておって、紹介が遅れました事をお詫びします。
 これからも、この金子直吉を称える会はありますので、興味をもたれた方は、これからの会へ参加頂き、ともに語りましょう!
わーい(嬉しい顔)




posted by makkun at 12:04| 高知 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

甲斐の川!棚田キャンドルと玄蕃太鼓!

17日夜、私は長宗我部ファンクラブへ、太鼓のメンバーは津野町の貝の川へ行きました車(RV)


 この日は、津野町の貝の川で「棚田キャンドル祭」が開催されました。
 そのキャンドルの美しさはハンパではない息を飲む美しさと評判でした!何でも今回が初めての試みだとか、それはぜひ来年からもやって欲しいイベントですね(写真を下に掲載してます)

 大崎の移りゆく空の景色(400年祭より早10日)

aaDSC00076.jpgaaDSC00075.jpgaaDSC00078.jpg

 貝の川→甲斐の川
であった事は長宗我部地検帳より分かりました。


 この地は武田勝頼の長男である、信勝(変名:大崎五郎(衛門))
が津野の地に入り、津野町の大崎家の始祖となり、
 現在でも大崎神社には、大崎五郎こと武田信勝と、大崎玄蕃こと武田勝頼が祀られており、玄蕃踊りも行われて来たようです。

 その大崎五郎は土佐に入って来て、間もなく津野氏(長宗我部元親の三男である津野 親忠)に仕えた時代があった事が分かっております。
 また、津野の宮司さんに詳しい話しを聞かなければいけないと思っておるのが、信勝(大崎五郎)は大阪夏の陣に出陣したらしいのですが、土佐へ戻って来たとか、来なかったとか、そこが不明なのであります。

 その甲斐の川という場所は、武田氏の末裔が繁栄した場所でもあります。とても広い範囲です。



 その貝の川(甲斐の川)の昼間見ても美しい棚田をつかったキャンドル祭、これは素晴らしいですし、更にその場所で玄蕃太鼓が初公演を行えた事も嬉しく素晴らしい事ですね!
aaDSC00079.jpgaaDSC00080.jpgaaDSC00081.jpg

 場所は田んぼの中にステージを設置!いい雰囲気が出ております
aaDSC00082.jpgaaDSC00083.jpgaaDSC00084.jpg

ちんどん屋さんの登場!場を盛り上げてくれます♪
aaDSC00085.jpgaaDSC00086.jpgaaDSC00090.jpg

控え室にてるんるん
aaDSC00087.jpgaaDSC00089.jpg

棚田の風景!風情がありますね〜間もなく開始
aaDSC00091.jpgaaDSC00092.jpgaaDSC00093.jpg

17:30より 玄蕃太鼓開始
写真を撮影していた本人が、歌やら演奏していたため、写真がありませんあせあせ(飛び散る汗)
 とにかく、美しい風景の中で出来て気持ち良かったとの事!
また玄蕃太鼓のリズムは静かな風景の中でもマッチします。
 美しい棚田のキャンドルは必見です(カメラが悪いので、ちゃんと映っていませんが、雰囲気が少しでも伝わるかな)
aaDSC00097.jpgaaDSC00100.jpgaaDSC00101.jpg
aaDSC00099.jpgaaDSC00098.jpg

aaDSC00094.jpgaaDSC00096.jpg
 
posted by makkun at 10:51| 高知 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

長宗我部ファンクラブへ参加!&ツアーの案内♪

 私、信長の野望(ゲーム)をプレイする時には、必ず地元の長宗我部氏、もしくは武田氏を選びまするんるん



 歴史勉強会の時に、歴史民俗資料館の館長さんである、宅間先生に何度かお会いして、長宗我部ファンクラブの事などご紹介を受けました。
 それで今年の夏頃に早速ファンクラブへの申し込みが出来たわけでございます!


 
 今回は長宗我部ファンクラブ事務局の谷口様よりご案内を頂きまして、念願叶い、先週の土曜日(17日)に、長宗我部ファンクラブは、はりまや町の会合場所「ゆうあい工房」へ行って来ました。(午後7時より)


 良かった、楽しかったぜよ!グッド(上向き矢印)るんるん


 武田勝頼没後400年記念フェス【秋の陣】10月10日には、
ファンクラブの島本さん等が来られておりまして、元親くんのキーホルダーまで頂きました。宝物にしますね。
 遠路、市内から山奥の山奥、仁淀川町の大崎八幡宮まで夜に来て頂いたわけですから、嬉しかったですね。ありがとうございますわーい(嬉しい顔)


 ファンクラブの事務局前へ行くと谷口様が待っていてくれて、中へ案内して頂き、入ると400年祭に来て頂いた島本様(小浜亭馬楽様)、それからテーブルを囲んで数名の方が座っておりました。
 7時半ごろには、その日来られる会員の方が揃われた様で、溝渕様が作られたカレーライスを晩ご飯にされたりしておられました。

 ファンクラブ会長の田岡理恵さんとも初めてお会いしました。
ブログの写真でも何度か見た事はあります、気さくな感じで、また若い方でした。近くまで来られましたらご案内したいと思います!


 私も自己紹介をさせて頂き、また武田勝頼土佐の会が発足して400年までの(裏)道のりなども簡単に話させて頂きました。
わーい(嬉しい顔)



 それと、事務局代表の溝渕様と話していると、私の津軽三味線の先生の話しが出てきて、先生も長宗我部ファンクラブの方へ来る事があるんだー!!ひらめきとホント驚きました。
 実際に先生の携帯にも取り次いでくれましたし、なんか縁を感じて嬉しかったーグッド(上向き矢印)

 当日会へ来られていた方々は、諸々末裔にあたる方や若宮八幡宮の方、地域で様々な活動に力を入れておる方々など皆様とてもステキな方たちでした。ぴかぴか(新しい)




 ※※※会の(略)内容は※※※

11月21日(土曜日)〜23日(月曜日)に行われるツアーの内容を中心に、進められました。
 ツアーは、高知県歴史民俗資料館・宅間館長による全面プロデュースです!ツアー内容の詳細な調整などが行われておりました。詳細は後記します。
または、詳細をファンクラブのブログよりどうぞ!(クリック)
 
 来られた方へのサービス内容などが、スムーズに話し合われておりまして、勝頼土佐の会でも、来られた方へのサービスとして、何か提供できるもの、販売できるもの、と考える事が多く大変参考になりました。


 私も出来ればツアーに参加したいのですが、仕事などが入っておるので、ん〜何とか日帰りツアー行きたいですね。



 さて
11月11日(水曜)にも
 長宗我部を語り合う会が「ゆうあい工房」にて開催されます。
 講談師の小浜亭馬楽様によりまして、土佐日記が20分くらいの時間で講じられるとの事で、これはチェックですよ!

 勝頼の会や、興味のあるメンバー達と共に行ければと思いますね。
詳細などは、「ゆうあい工房」へ直接問い合わせて見て下さい。
 参加費は300円(飲物代込み)
    1,000円(食事代込み)となっておったようですが、
こちらも要問い合わせの事。
 
 私にメールくれても大丈夫です freetempo@agate.plala.or.jp

 「ゆうあい工房」長宗我部ファンクラブ
住所:高知県高知市はりまや町3−20−1
地図

大きな地図で見る



 ファンクラブ会員様の話は、午後9時を過ぎたあたりから、史料の内容に関する研究をされておる方から色々な話しを聞く事が出来て面白かったですひらめき
 
 長宗我部元親の事についてある程度しっておられる方ならご存じの

「鳥無き島の蝙蝠(とりなきじまのこうもり」

 この解釈について、元親が信長に馬鹿にされたと思っておったのですが、これに関して全く逆、いや逆ではないかも、素晴らしい考察をされていた方がおりまして、それを聞いたとたん鳥肌が立ちましたexclamation×2
 織田信長と中島可之助(なかじまべぐのすけ)の間で非常にレベルの高い会話、いやこれは静かな戦いかもわーい(嬉しい顔)がされていたのであります。
 どういう内容か話したいですけど
私がここで公開する訳にはいきませんので
ぜひ長宗我部ファンクラブへ足をお運び下さい。るんるん
 大河ドラマ化された時に絶対に入れて欲しいエピソードであります!

かわいいちなみに、中島可之助(べぐのすけ)とは
 文武両道にとても優れた若い武将で。
 元親が、長男弥三郎の烏帽子親を織田信長に依頼しようと思い、使者として元親自信が選んだのが中島可之助でした。それほど信頼を置いてあった人物です。
 命を受けた 可之助は尾張に出向き、斉藤利三から明智光秀を通して織田信長と直接会う事となりました。
 可之助が内容を述べると信長は
 「元親は、鳥無き島の蝙蝠なり」
 と元親をけなした。(と考えられておりました)
 すると可之助はすぐさま、
 「我が君主は、蓬菜宮の寛典に候」
 と堂々とした口ぶりで答えた。
 信長は可之助の物怖じしない態度と返答を誉め。烏帽子親の件を承知し、弥三郎に自分の「信」の字を与えた。

 となっております。


 ちなみに土佐の「中島氏」は「長宗我部氏」の分流である事が分かっております。
 さて、勝頼達が落ち着いた、大崎、そして大崎八幡宮のあった場所に先に居住しておったのは「中島氏」であります。
 中島家はまた勝頼達が眠っておる墓の前に建っておる「鳴玉神社」の施主であった事で知られております。また大崎八幡宮の建て替えの時にも中島家は関わっており、現在でも仁淀川町の中島家は昔から勝頼との関わりが深かった事で知られております。
 さらには、勝頼は中島家に感謝したであろうと思われる行為も見られております、これには説明が長くなるので、今度「中島家の集い」を行った上で、色々とご報告させて頂こうと思います。

 さらには、香宗我部氏が勝頼達を大崎の寺村へ導いておるのですが、この時の香宗我部氏は、長宗我部元親の弟である親泰が養子として香宗我部氏の元に入ってきており、勝頼が入ってきた時代の土佐の寺村は長宗我部氏との関わりが濃厚であった事が伺われます。 

 更に、更に、「寺村」という地名は全国を調べて下記の3カ所
・愛媛県上浮穴郡小田町寺村
・高知県香美郡夜須町寺村
・高知県吾川郡吾川村寺村
 
 寺村という姓も在りまして、勝頼の三男が寺村姓を名乗っております。
 寺村姓というのは、香美郡の発祥の可能性が言われており。
 長曾我部、香宗我部は共に蘇我氏の子孫のようで、このうちの土佐国長岡郡に在る者を地名に因んで長曾我部、同じく香美郡に在る者を香宗我部と称したとのこと。
 時期がはっきりしている資料では、慶長4年(1599年)に死去している長曾我部元親の墓碑に寺村清右衛門の名が有り。また、時代がはっきりしませんが、香宗我部家臣に寺村喜助がある、とのこと。
 この名前は、武田家の系図にも出てくるとの事、これはいずれ発表しましょう!長宗我部氏との関わりが更に濃厚になりました。
「姓氏苗字事典(金園社)」によれば、
「寺村」:地名による。(中略)また土佐では長曾我部あるいは香宗我部の家臣など。家紋三つ柏。
 と書かれてあるとの事ですぴかぴか(新しい)
※ちなみに、現在の寺村には、寺村姓の人が一人もおりません、何があったのか??

 こう考えると長宗我部氏との関わりが無いと、勝頼達が土佐の大崎に来る事は出来なかったんじゃないかとすら思えてくるのです。
 この辺りはまだまだ調査が必要です。


 てなわけでございまして、楽しい話しが沢山出来ました!
気がついたら、夜の11時を過ぎておりました(笑
 時間を忘れて楽しんでました!あせあせ(飛び散る汗)
 長宗我部ファンクラブの皆様には感謝しておりますわーい(嬉しい顔)

  私もファンクラブの一員でありますし、今後は会の活動も手伝い、
高知の文化に興味を持つ者をどんどん増やして参りたいと思っております。 ぴかぴか(新しい)


−−−−−−−−−−−−ここから−−−−−−−−−−−−−
↓ツアー内容を長宗我部ファンクラブのブログから引用しました↓



「長宗我部供養祭参陣ツアー」1泊2日長宗我部研修セミナー

・11月22日〜23日

・定員40名 
 
・参加費25000円
バス代、宿泊費、昼食費用・懇親会費用・交流会費用、講師費用・資料作成費、記念品、通信費、保険費用等が含まれております。

[22日]
9:00  高知駅・宅間館長同行――
10:30 龍馬空港――合流後、史跡巡り(行き先は秘密)
12:00 昼食:レストラン岡豊城――
13:00 史跡巡り(行き先は秘密)
14:20 桂浜へ向かう
15:00

 ●浦戸城跡(国民宿舎 桂浜荘)セミナー会場
   ★基調講演
    「國親(入道覚世」の御畳瀬攻撃」 講師:朝倉慶景先生

   ★シンポジウム
「なぜ今、長宗我部か?」〜若者と語る
      シンポジスト  朝倉慶景先生
              野本亮 歴史民俗資料館学芸員
              大久保千堯 若宮八幡宮宮司
              尾崎正直 高知県知事
              参加者から女性1名
      コーディネーター   宅間一之 歴史民俗資料館長

   ★懇親会(6:30〜8:30)
    「長宗我部氏を偲ぶ夕べ」
★夜の集まり陣屋(部屋)に分散
     お風呂タイム(23時まで入浴できます。早朝も入浴可)


[23日]

6:44 日の出ロビー集合桂浜へ往復――朝食――浦戸城跡自由探訪
9:00 坂本龍馬記念館開館―浦戸城跡(桂浜荘)
10:00 出発ーー若宮八幡宮参拝 初陣の像――元親公墓所参拝――石丸神社・六隊地蔵参拝――雪蹊寺 信親公墓所参拝――
12:30 秦神社供養祭と神事
13:15 秦神社から桂浜荘へ移動
    ★桂浜荘 大広間 交流懇親会
    
15:30 空港・高知駅へお送りします。



21日にもプレツアーが開催されます!
こちらは安芸攻め!

長宗我部氏にまつわる歴史高知県内お楽しみ日帰りツアー 
・11月21日(土)
・定員20名 
・参加費5000円(バス代・運転者費用・保険等)
【行程】矢流砦戦跡・野良時計・土居郭中・浄貞寺(国虎公の墓)岩崎弥太郎生家・安芸城跡・歴史民俗資料館ほか・・・

宅間一之 高知県立歴史民俗資料館長 がご案内します。

−−−−−−−−−−−−ここまで−−−−−−−−−−−−−



 今後とも宜しくお願い致します!ぴかぴか(新しい)
posted by makkun at 13:50| 高知 曇り| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

【3】武田勝頼没後400年記念【秋の陣】フェス

  10月10日土曜日          toplogo0.jpg




   位置情報武田勝頼没後400年記念フェスぴかぴか(新しい)

    【秋の陣】−玄蕃祭−フィナーレ
 GENBA

 


満月土佐の山間に一夜のみ現れた、武田勝頼を祭る桃源郷満月



 aaDSC_3610.jpgaaDSC_3706.jpgaaDSC_3812.jpg

 神事〜神楽〜小学校太鼓〜手踊りサミット等々と進んで来ました。
いよいよこれから、手踊りサミットの総踊りが始まります!
 ルーツが同じ踊りというだけあり、歌の節回しこそ違えど、手や足の運び、歌詞など共通点があります!

 夜になり、美麗なライトアップが始まりました!ぴかぴか(新しい)

aaDSC_3506.jpgaaDSC_3536.jpgaaDSC_3502.jpg

 常に色を変えるライトアップされた参道写真ではなかなか伝わらないのですが、本当にキレイでしたぴかぴか(新しい)幻想的です!
aaDSC_3508.jpgaaDSC_3509.jpgaaDSC_3510.jpg
aaDSC_3632.jpgaaDSC_3811.jpgaaDSC_3511.jpg

 ライトアップは他の箇所でも行われていました。
鳴玉神社、参道、境内の森、全てを撮影する事は出来ませんでしたが、遠景で撮影された方や、他の箇所を撮影された方がおりましたら、ぜひ画像を送って下さい。貴重な写真として掲載させて頂きたく思いますわーい(嬉しい顔)

 ぴかぴか(新しい) ◆手踊り総踊り◆ ぴかぴか(新しい)
 
 今回集まって頂いた手踊りの6団体と、一般参加者が交じって大きな輪を作ります!
 花台には、神様の御利益を得るための花が挿されており、古来より手踊りを行う事で祖先の霊を慰め、霊験が得られるとされており。
 踊り終わった後で、花を皆で持ち帰り、神棚や仏壇の脇に祀って、一年間の無病息災、家内安全、商業繁盛、子安円満などなどを祈ります。

 この花台に今晩宿る神は大崎玄蕃大神、それは武田勝頼が崇拝されて氏神となった神であります。 また美津岐大神は、勝頼の夫人が神として祀られたものです。
祭神として人が神と祀られたのは、全国としても珍しい事です。
 例えば、天満宮の祭神は菅原道真公として、学問の神様として有名です。
 大崎玄蕃大神は、平和の象徴、また災厄や病気を鎮める象徴でありますので、花を持ち帰った方や、参拝される際に覚えておくと良いかと思います。


 総踊りが始まり、皆さんとても楽しく参加してくれました。
こんな光景が見られるなんて、とても感動です!わーい(嬉しい顔)
 参加された踊り子さん達はとても喜んでくれて、総踊りサミットを計画した甲斐が有りました!


aaDSC_3609.jpgaaDSC_3632.jpgaaDSC_3601.jpg

aaDSC_3613.jpgaaDSC_3603.jpgaaDSC_3537.jpg
aaDSC_3622.jpgaaDSC_3632.jpgaaDSC_3614.jpg

aaDSC_3616.jpgaaDSC_3612.jpgaaDSC_3623.jpg

aaDSC_3634.jpgaaDSC_3627.jpgaaDSC_3639.jpg

aaDSC_3534.jpgaaDSC_3602.jpg>aaDSC_3621.jpg

玄蕃踊りの風景が大きく復活した瞬間でありました。
 多くの御霊も慰められた、そんな気がします。
思い思いに歌に会わせて踊った今回の総踊りは、かけがえのない記録として永久に残るでしょう!


 

 ぴかぴか(新しい) ◆太鼓のステージへ!◆ ぴかぴか(新しい)

 休憩時間をはさみ、太鼓のステージへと突入です!
だんだん寒くなって来て、テントの中へ人も集まり始めます、ここは太鼓の勢いで寒さをはらいのけましょう!


 椿山太鼓おどり
  
  椿山太鼓踊り保存会が、集落の中心にある氏仏堂において、安徳幼帝の子守歌として、また平家の武将や公達(きんだち)の霊を慰める祭として、毎年古式通りに奉納され、数多くの伝説とともに受け継がれてきたものです。
 演目の中にサンバレというものが、古くは玄蕃太鼓踊りとされておった記録があります。歌の中に「大崎玄蕃殿一七太刀をかたぎ...」と大崎玄蕃の名が出てきます。これは後の時代に疫病が流行った時に、玄蕃踊りが疫病鎮めに広く用いられた時の影響を受けて取り入れられたのであろうと考えられております。現在は残念ながら伝えられておらず、復活が望まれます。
  幽玄の世界に誘う、椿山太鼓踊りをぜひ、地元の椿山で見て下さい。ぴかぴか(新しい)
 演目:念仏おどり、あつもりおどり、あやのおどり
aaDSC_3646.jpgaaDSC_3660.jpgaaDSC_3659.jpg
aaDSC_3650.jpgaaDSC_3654.jpgaaDSC_3663.jpg



 
 玄蕃太鼓

 甲斐の武田勝頼が戦国の世に、今の仁淀川町(大崎)に落ち延びてきて、名を「大崎玄蕃」と名乗ったという、昔から地域に親しまれてきた大崎玄蕃にちなんで行われてきた手踊りを主体とした玄蕃祭として400年もの間行われ続けてきました。
 この伝統、玄蕃の太鼓を元にオリジナル曲「玄蕃」を創作し、手踊りの単調な和太鼓のリズムに戦乱を生き延びた勝頼を偲びつつ、また未来を見つめた太鼓の活動を通じて、地域づくりの一端を担うべく各種イベントにも参加しております。

 武田軍の打ち鳴らした出陣太鼓とイメージして見て下さい。
誰もがこのリズム、感性に感動する迫力と繊細さを兼ねた太鼓です!

 演目:玄蕃、お囃子、福神のいざない、鼓響、雪月花

さらに今回、動画をアップされた方がおりまして、
このページに動画をリンクさせて頂きました、ありがとうございます!

aaDSC_3675.jpgaaDSC_3679.jpgaaDSC_3684.jpg
aaDSC_3696.jpgaaDSC_3700.jpgaaDSC_3707.jpg
aaDSC_3714.jpgaaDSC_3736.jpgaaDSC_3754.jpg

 迫力の動画をお楽しみ下さい






 







 環頭太鼓「風雅」 
 
 フィナーレを飾る最後の太鼓は、日高村を中心に和太鼓の振興を計って行こうと平成17年に結成され、その活躍は目覚ましく、県下に広く知られ、よさこいグループ「風雅」を結成するなど元気な太鼓グループです!玄蕃太鼓との交流があり、迫力の太鼓でフィナーレを飾るべくして行われました!
 素晴らしい演奏でしたexclamation×2
 演目:旭(あさひ)、萌葱(もえぎ)、風雅(ふうが)

aaDSC_3772.jpgaaDSC_3775.jpgaaDSC_3782.jpg
aaDSC_3787.jpgaaDSC_3792.jpgaaDSC_3798.jpg
aaDSC_3804.jpgaaDSC_3810.jpgaaDSC_3812.jpg
aaDSC_3813.jpgaaDSC_3795.jpgaaDSC_3816.jpg

 大迫力で洗練された太鼓を見せてくれました!ありがとうございます!
 


 奉納された余興はこれでフィナーレを迎えました満月
勝頼に関するイベントをする時はいつも空が晴れておりました。
今日も星空が美しく、境内の上に輝いておりました。

 今日は武田勝頼没後400年祭として、燦然と輝く日を迎え、これからの未来のために、進んでいく力を養いました。
 十月十日を合わせると「朝」という字の如く、新たなスタートに向けての大きな前進でありますぴかぴか(新しい)



  ◆もちまき−−−ありがとうの気持ちるんるん

 寒かったので時間を早めての餅まきです!この時になると皆さん、体力が復活したかのように賑やかになりますわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
 最後までお付き合い頂きましてありがとうございました!
aaDSC_3822.jpgaaDSC_3823.jpgaaDSC_3824.jpg
aaDSC_3826.jpgaaDSC_3833.jpgaaDSC_3834.jpg
aaDSC_3838.jpgaaDSC_3839.jpgaaDSC_3827.jpg
aaDSC_3765.jpgaaDSC_3818.jpgaaDSC_3761.jpg

 すごく楽しかったです!餅の量もハンパじゃないですね(笑

aaDSC_3842.jpgaaDSC_3847.jpgaaDSC_3840.jpg


 会長の閉会宣言   「ありがとうございました!」


 花台の花は勝頼の御利益がありますので、必ず持って帰って下さいね!
aaDSC_3843.jpgaaDSC_3849.jpgaaDSC_3854.jpg
aaDSC_3852.jpgaaDSC_3851.jpgaaDSC_3759.jpg



 最高の玄蕃祭が出来ました事を心より感謝致します
 これからも、武田勝頼土佐の会は全国規模で、勝頼にまつわる伝承、史料の編纂や、子孫からの伝承などの調査、史跡調査、観光化などに取り組んで参ります。
 


   勝頼そして武田家の御霊、永久に安らかなれ
            aaDSC_3320.jpg


                       katsuyori.jpg












 おまけ
片づけ風景

aaDSC_3855.jpgaaDSC_3856.jpgaaRIMG0063.jpg

 準備する時も早かったのですが、片づけも早いです!
風林火山がモットー!なのかな
 「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、動かざること山の如し」

 ちなみに勝頼は「風林火山」の旗よりも、「大」と書かれた旗を信玄の遺言に基づき掲げました。

翌朝(11日)の片づけ、ちなみに私は東京、大阪から来られたファンの方を連れて史跡巡りツアーを行っておりました。皆さんお疲れさまでしたー!
aaRIMG0064.jpgaaRIMG0065.jpgaaRIMG0066.jpg
 
 花台もこの通り、キレイに解体されました晴れわーい(嬉しい顔)

aaRIMG0067.jpgaaRIMG0068.jpgaaRIMG0069.jpg
aaRIMG0070.jpgaaRIMG0071.jpg

 最後には倉庫にスッキリと収まり、花台さん、また来年! ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

katsuyorimascotarigato.jpg
posted by makkun at 11:44| 高知 晴れ| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

【2】武田勝頼没後400年記念【秋の陣】フェス

     aa0.jpg   katsuyoriakinojin.jpg
10月10日午後4時−−  ホームページはこちらです!


 位置情報武田勝頼没後400年記念フェスのクライマックス
 【秋の陣】が始まりました!
ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

aaDSC_3364.jpgaaDSC_3504.jpgaaDSC_3522.jpg



 司会を岡林さとしさんが勤め400年祭の開幕へと導きます
 メンバーを今日まで一生懸命ひっぱってくれた方です。
               aaDSC_3374.jpgaaDSC_3425.jpg


会長の挨拶    会長:岡林照寿
aaDSC_3375.jpgaaDSC_3377.jpgaaDSC_3351.jpg

 皆様への挨拶、これまでのイベント、武田勝頼に関する多くの情報が得られ、現在も集まって来ておる事、この場所で開催する意義、これからの思いなどを述べ、関わってくれた全ての人への感謝の辞を述べまして、開会宣言を致しました。

 またこの場を借りて、関わった全ての人に心より感謝の辞を述べたいと思います。
 会が発足して一年間(10月16日で1周年)、武田勝頼が土佐に入って来たという伝承に耳を傾けて頂き、協力が得られた事。なんせ400年以上も前の事であり、定説が存在する中で、土佐で語り継がれて来た武田勝頼をどのように表現するのか悩みました。
 多くの先生方に土佐には広範囲でしっかりした史料や史跡があるのだから、それを元にやって行く事が良いとの言葉もとても有り難く思いました。感謝致します!
 その中で多くの史料を提供頂いた子孫の方々、武田家、諏訪家ゆかりの方々には、この会の軸である勝頼の部分を助けて頂き、言葉には出来ないほど感謝しております!
 地域の活性化に結びつけようと必死に頑張って下さった地域やスタッフ、会員の皆様、あなた方の力無しには実現できませんでした! 感謝致します!
 多くの意見をくれて、土佐の勝頼の実態を確認して下さった、武田勝頼ファンの方々、全国に輪を作って下さり、多くの発見に結びつきました!感謝しております!
 この場にお越し下さった全ての皆様、盛大に開催できました事をとても嬉しく思います!ありがとうございました!感謝致します!

 これからも当会は土佐の武田家を応援し邁進して参りますので、よろしくお願い致します!



 大野教育長の挨拶
aaDSC_3385.jpgaaDSC_3387.jpg
 
 伝統文化を大事にし、後世に残して行くことの大事さを述べて頂きました。大変有り難い、嬉しいお言葉でした!
 神楽、手踊り、太鼓踊りなどなど伝統文化の中に我々の祖先は生きているのです。この中に雄大なロマンを感じます!
 教育長様ありがとうございました!



aaDSC_3363.jpgaaDSC_3355.jpgaaDSC_3373.jpg


キャラクター授賞式!かわいい

 兵庫県の杉田まこと氏が108のキャラクターの中から最優秀賞を受賞しました!おめでとう御座います!
 スタッフ全員このキャラクターを気に入っております!
 ファンの方も早速携帯電話の待ち受け画像にしておりました
わーい(嬉しい顔)
 ↓キャラクター発表の模様
aaDSC_3391.jpgaaDSC_3392.jpg
 木わくで作ったオリジナル表彰板は、県の西森さん発案でとても可愛らしいものです。私もクギを打ちましたわーい(嬉しい顔)

 このキャラクターを選んだ理由はこちらをクリック

 商品化のほうも楽しみです!いいデザインですので何でもマッチします!
 大きく勝躍するぜよ! sugino.jpg


 土佐に落ち延びた武田勝頼グッズも好評でしたよ!かわいい
aaDSC_3368.jpgaaDSC_3472.jpg
aaDSC_3542.jpgaaDSC_3543.jpg
井出幸男先生が出版の「土佐の盆踊りと盆踊り歌」の本も販売、これは読んで良かった本です!先生にも今回の祭のご案内をさせて頂いております!



・商工会青年部さんは生ビールの販売
 秋の夜長は寒くてもビール!トイレに何回行ったことか、おいしかった!ビールビールビール

aaDSC_3450.jpg

・そば打ち研究会 この秋の肌寒い時には、暖かいソバがぴったりぜよ!いい気分(温泉)

aaDSC_3407.jpg

・フードプラン株式会社さんの揚げ豆腐の試食!
 おいしかったと評判ですaaDSC_3467.jpg
aaDSC_3468.jpg

・上名野川生産加工グループ いり餅やアメゴなど、地元の食材をそのまま楽しめます!
aaDSC_3408.jpgaaDSC_3413.jpg

・森山なんでもクラブ おいしい食品の生産販売をしてくれました。ありがとうございます


・田舎のコンビニおしおか 勝頼くん弁当の販売をして下さいました。やはりお弁当は人気があります!
 田舎のコンビニおしおかは武田勝頼土佐の会の提携店舗であります!(クリック)るんるん


 ・的屋さんの出店もあり、全体で賑わいましたぴかぴか(新しい)
aaDSC_3365.jpgaaDSC_3471.jpgaaDSC_3474.jpg


 車(セダン)東京や大阪などからも、勝頼ファンの方に来て頂きました。
大阪の岩谷様は勝頼が大崎玄蕃となって活躍するシュミレーション小説を作って頂いております。ぜひ読んで見て下さい。「縁の花というタイトルのサイトで、大崎玄蕃の歌の中に、「縁で人はけ、縁の花ばかり」という詩が見られる事からも驚いておりますわーい(嬉しい顔)

 車(セダン)高知ファンクラブの代表、そしてTosa龍馬合同会社をされております、坂本耕平様のご夫婦にもお越し下さいました。
 高知ファンクラブのブログではいつも情報を掲載させて頂き、とても感謝しております。坂本様は土佐の文化やイベント活動の紹介や活性化に全力で向かっておる人物です。この400年記念イベントに来て頂いて本当に嬉しく思います。
 その時の様子は、高知ファンクラブの坂本様の記事でも見られます。(こちらをクリックして見て下さい
かわいい高知ファンクラブの坂本様の記事
武田勝頼没後400年祭 秋の陣 10月10日(土) 行ってきました 【その1】 
 【その2】 
 【その3】 
 【その4】 
坂本様ありがとうございます!


 車(セダン)長宗我部ファンクラブの小浜亭馬楽(おばまてい ばらく)様に当イベントにお越し頂き、更にお土産まで頂きました、元親くんのストラップです!さっそく携帯に装着しておりまするんるん
 aaCIMG8887.jpgaaCIMG8886.jpg
 小浜亭馬楽さまは、土佐の講談師として活躍されておる方です。
演目を拝見したところ、長宗我部元親や、坂本龍馬などなど、地元民なら絶対見聞きしたいものばかりですわーい(嬉しい顔)長宗我部ファンクラブでも私共々宜しくお願い申し上げます。来て頂き感謝しております
ぴかぴか(新しい)小浜亭馬楽さんのブログはこちら



イベントイベントイベントイベントイベントイベントイベント演劇
大崎小学校5年団(和太鼓) 16:30〜
 玄蕃太鼓のメンバーが大崎小学校で生徒達に指導されておる太鼓団の演奏です。若さがみなぎっておりますし、将来が楽しみですexclamation×2

aaDSC_3398.jpgaaDSC_3410.jpgaaDSC_3411.jpg




 ◆◆手踊りサミット!第1部 17:00頃から◆◆ 

 かわいい手踊り各団体の願いであった、サミットが玄蕃踊りにゆかりのあるこの場所で盛大に開催されました!
 地域文化の活性化!後継者育成!地域間交流!
 多くの目的をもって開催される第一回サミット!


 【秋の陣】プログラムのダウンロードはこちらから出来ます!
         ここakino.pdfここ



大崎玄蕃踊り保存会
 天正14年6月15日、武田勝頼(変名:大崎玄蕃)が大崎八幡宮を建立した時に踊ったとされる事から玄蕃踊りと名付けられました。
 その為、高知県各地に残る玄蕃踊りは6月15日が祭となっております。
 玄蕃踊りは手踊りと太鼓踊りに区別されますが、現在は手踊りが広く伝わっております。またこの踊りのルーツは更に古く、今回共演された手踊り団体と共通のルーツを持つ貴重な踊りです。
 玄蕃太鼓踊りは、現在では佐川町の室原などがその形を残しており大変貴重な踊りです。
 先祖の霊を敬い、疫病を鎮める霊験を得られる事で知られております。長野県の塩尻市に同名の踊りがありまして、研究されている人の中にはルーツを同じと推察しております。
 玄蕃とは、玄蕃寮の事で、今で言うと外交官的な役割をする役職名でありました。またそれとは別に、玄蕃之丞信仰の色が濃い事が霊験の種類からも伝えられております。

aaDSC_3419.jpgaaDSC_3427.jpgaaDSC_3420.jpg


尾川地区活性化協議会
 高岡郡佐川町本郷耕の協議会は、尾川地区全体の活性化や地域づくりのために「ふれあいの里・尾川」を拠点として活動しています。現在、会員は61名となっています。昨年は復活として花台も作られ、尾川で盛大に行われた事は記憶に新しいです。
 踊りの題目:こりゃせ、千本、絵島、シャリトテ、まんざい
aaDSC_3431.jpgaaDSC_3444.jpgaaDSC_3446.jpg


柳野豊年踊り保存会
 吾川郡いの町小川柳野の豊年踊りは800年の歴史があるといわれ、壇ノ浦に落ち延びた安徳天皇を慰めるために始まったものであるとされています。毎年、旧暦の9月8日に青年団を中心に行われていましたが、踊り子も高齢となり、しばらく踊りを休止していましたが、平成9年に24年ぶりに復活させることができました。女性の桃色の着物がよく映えていました
 踊りの題目:コリャセ、マンザイ
aaDSC_3461.jpgaaDSC_3459.jpgaaDSC_3463.jpg


 ここで第1部が終了し、休憩時間へ、
夕暮れとなり、辺りが薄暗くなり、ライトアップの雰囲気も出て参りました。桟敷席の方は酒盛りに花が咲いております!

aaDSC_3471.jpgaaDSC_3470.jpgaaDSC_3504.jpg


 ぴかぴか(新しい)◆◆手踊りサミット第2部◆◆ぴかぴか(新しい)
aaDSC_3480.jpg


瑞応の盆踊り保存会
 高岡郡佐川町瑞応にて400年以上も毎年かかさず踊って来ました。踊り子も少なくなりましたが、現在は黒岩中学校の生徒さんが毎年、運動会で踊ってくれています。この踊りは瑞応寺にあります薫的和尚と理春尼という尼さんを弔うためのものであり、豊年踊りとして踊っています。毎年8月16日が祭日となっており、この日は遠路からも参拝に詣でてくれ、沢山の人で賑わいます。今年は佐川中学校の落成に披露されました。今回、かわいい女の子が踊りに参加してくれて、とても良かったです!
 踊りの題目:こりゃせ、まんざい

aaDSC_3492.jpgaaDSC_3483.jpgaaDSC_3493.jpg


狩山豊年踊り保存会
 仁淀川町大平の狩山豊年踊りは、昔、地区の神社でその年の豊作を祝い、踊っていたようで、住人も少なくなり、踊りも消えていくような時に、途絶えてはいけないと狩山地区住民で平成11年11月に狩山豊年踊り保存会を結成しました。70歳を過ぎているおじいさん、おばあさんも元気に踊っています。
 踊り題目:コリャセ、千本、絵島、万歳、ヨサコイ、甚句
aaDSC_3522.jpgaaDSC_3547.jpgaaDSC_3527.jpg


紅葉会
 高岡郡日高村本郷のこの踊りは、今から半世紀余り前に、豊年踊りのすべてが手踊りであったので、何か変わった踊りにしてみてはどうかという事で、出来上がったのが、泥鰌(どじょう)すくいでした。衣装も化粧もこの踊りにすごくマッチしています。
 新しいものを求める時代の風潮の中で消え去ろうとしていた時に、郷土芸能を掘り起こしの機運が高まり、平成の世に甦らせ、後世に残そうとメンバーが集い、子供の頃に踊った記憶を呼び戻しながら、平成4年1月に復活が叶い、今日に至っています。
 見ていてとても面白かったですし、いい雰囲気が出ておりました。
aaDSC_3558.jpgaaDSC_3565.jpgaaDSC_3580.jpg

 さらに新たなステージ!ぴかぴか(新しい)花台ぴかぴか(新しい)超美麗ライトアップexclamation
 そして総踊り&太鼓合戦ステージへ!続くグッド(上向き矢印)



 
画像集
aaDSC_3316.jpgaaDSC_3319.jpgaaDSC_3435.jpg

posted by makkun at 11:39| 高知 晴れ| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

【1】武田勝頼没後400年記念【秋の陣】準備〜神事

aaDSC_3321.jpgaaDSC_3318.jpgaaDSC_3316.jpg

 400年祭【秋の陣】

10月10日の朝  快晴晴れ

       aaDSC_3351.jpg

 武田勝頼土佐の会が発足し、一年が経過しました。(規約上は10月16日で1周年)
400年祭という1つのイベントがこの日クライマックスを迎えました。
ぴかぴか(新しい)
盛大に開催出来、目的が達成された事は、関係者皆様の力を持って成し遂げられた事です、大変感謝しております!

 位置情報400年祭の目的
大崎玄蕃(武田勝頼)を祀る第400回玄蕃祭の開催
境内に39年ぶりに花台の復活!
玄蕃踊りの生まれた場所で、ルーツを同じくするそれぞれの手踊りの総踊りサミット開催!これからも拡大して行きます!
土佐の勝頼の子孫達の間の交流と親睦。
太鼓の奉納!

 全てが滞りなく盛大に行えた事に感謝!感激ですわーい(嬉しい顔)



それでは、先ずその準備風景からお伝えします。


昨晩は遅くまで、会場の設営〜ライトアップのシュミレーションが行われました。巨大家紋やポスターの設置も行いました。↓この家紋は諏訪ですね。LEDライトはすんごく美しい演出が出来ます!
aaDSC_3331.jpgImage003.jpgaaDSC_3334.jpg
ライトアップの調整に夜遅くまで付き合って下さった楽器堂の皆様、スタッフの皆様はお疲れさまでした。感謝しております!



 当日10日は朝早くから多くの方が準備にかけつけて頂き、広範囲で準備が行われました。大崎八幡宮〜参道、車道、鳴玉神社などなどあせあせ(飛び散る汗)


 お神輿が神社の中央に運び出されます。
 aaDSC_3322.jpgaaDSC_3324.jpgaaDSC_3329.jpg


 神事−−−午後1時より

神事は撮影自体が禁止されておるため、内容だけお伝えします。

 ついに400回を迎える開式太鼓が鳴り響きましたexclamation

一般的な修祓からはじまり、お祓いが行われます。

そして、開扉を行い、ご神体に向かいまして玄蕃祭祝詞を奏上。

玉串奉殿が行われ、ご神体が運び出されます。

ご神体は、鳴玉神社と書かれた木箱に収められており、
大崎玄蕃大神が運び出されます。向かう先は鳴玉神社、
つまり、武田勝頼と夫人の墓前です



 御神幸(おなばれ)神輿や、鳥毛が、大崎八幡宮から氏子や、協力者によって運び出され、行列が参道の階段を下って、鳴玉神社を目指します。

aaDSC_3335.jpg


 鳴玉神社前にて神事

鳴玉神社へ運び出されたご神体は、
お神輿から出て神社の中へ納まります。
 そして初めて、神社にご神体の力が宿るのです。
ひらめき鳴(呼ぶ)玉(殿様)、鳴玉神社の名前は「殿を呼ぶ」という由来を聞いた事があります。

 また、玉とは「魂(たましい)」の意味も含まれておると考えられますので、魂を呼んで霊験を得ると考えた方が良いのかもしれません。
 世界の未来を明るく照らして頂けますよう、霊験が頂けますように!

 
 そして、ご神体は再びお神輿に納められて、神社へ戻って行きます。

この階段を登って行くのが大変です!神輿を担がれた方は本当にお疲れさまでした、多くの御利益が得られる事でしょう
ぴかぴか(新しい)
aaDSC_3337.jpgaaDSC_3349.jpgaaDSC_3348.jpg

aaDSC_3344.jpgaaDSC_3350.jpg



 荒神鎮め
 玄蕃祭に昔から行われておる行事として、荒神鎮めが有ります。
 地域の災いを鎮める祭で、昔は相撲(すもう)などと一緒に奉納されておりました。子供相撲でもやったら面白そうですねるんるん



 安居神楽の奉納−−−午後3時30分から
 設営されたステージを清め、大崎玄蕃の神に降りて来てもらう事を目的として行われました。
 中央に設置された大きな花台には、昔からその神社の神様が宿るとされており、祭の最後には、大崎玄蕃大神が宿った花を皆で持って帰り、神棚や仏壇の横に供えます。

まず、安居神楽保存会の会長からの挨拶、沿革が述べられました。

aaDSC_3359.jpg
 1,悪魔祓の舞  舞人:三好学 
周囲の悪魔を退散させて、病平癒、家運長久の霊験を得る舞です。
 aaDSC_3361.jpg

 2,神迎の舞  舞人:細木栄三郎 岡林誠 
二人舞で行う優美な舞です。神々をこの場に迎える舞を行いました。
 写真は撮影されておりません。

 3,和卓の舞  舞人:岡崎アリサ
 両手に膳を持ち、神様に供え物をする舞です。小学6年生のアリサちゃんが美しく軽やかに舞ってくれました。チャッパを美しく鳴らしてくれているのも小学6年生の岡林美弥子ちゃんです。ぴかぴか(新しい)
 aaDSC_3370.jpg


会場では、キャラクターや、武田氏パネル展示なども行われ始めましたぴかぴか(新しい)
aaDSC_3448.jpgaaDSC_3396.jpgaaDSC_3356.jpg


 入り口や、道路に大型看板の設置などを数カ所で行いました。
当会では撮影できなかったので、持っておられる方の投稿などお待ちしておりまするんるん


 午後4時、太陽も西の山にかかり、次第に薄暗くなって来ました。
イベントを見に来た方々がどんどん増え始めたのもこの頃です。


 神事の行事は、滞りなく時間通りに行われまして、400年の玄蕃祭は、これから武田勝頼土佐の会が主催するイベント【秋の陣】へと移りますexclamationぴかぴか(新しい)

続きへグッド(上向き矢印)
 






 

 
posted by makkun at 17:13| 高知 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

400年記念限定Tシャツ販売

 【秋の陣】10月10日本日の会場では、
 400年記念限定Tシャツを販売しております
わーい(嬉しい顔)

 会場での販売となりますので、現在のところ通販などは行っておりません。
 400年祭のイベント詳細ホームページはこちらaamodelgara.jpgaasenaka.jpgaamodelsode.jpg

 400年を意識した作りです。右腕には400の文字が。

 背中には、勝頼が辿って来たであろう、家紋の歴史が。
 (花菱は入れておりません)

 前のプリントには武田の割菱をモチーフにした模様をカッコよく入れました。

 今年は九紫火星の年、風水や気学などから、運気をアップさせるブラウンを選びました。

 
aamae.jpgaaura.jpg
aagara.jpgaasode.jpgaamon.jpg

 普段から着られる事を前提にしたデザインですので、一枚でも十分存在感がありますが、重ね着レイヤード)にも適しております。
 
 価格は3,000円

サイズは S,M,L

 どうぞ会場でお買い求め下さい(*^_^*)
posted by makkun at 00:58| 高知 晴れ| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする