25日(日曜日)
この日は、シンガーソングライターの美咲様とマネージャーの篠原様が史跡を巡りに来られました。

美咲さんは、信州・松本を本拠地に

2003年から路上ライブを開始し、
2004年にシンガーソングライターとして活動。
同年に、「〜地球(テラ)〜」が世界180ヶ国に広がるアースデイ
ネットワーク・
earthday.jpの公式ソングとなり、全国各地でライブ活動を行っています。
太陽光

で自家発電した電力を使った新しいLIVE
スタイル「光合成LIVE」を展開し、自然なクリーンエネルギーを促進している事でも大変注目を集めています
詳細は、「美咲オフィシャルサイト」へ
http://www.misakix.jp/自然〜宇宙などから抽出されたエッセンスを歌にして、
全国の遺跡、史跡、文化財・文化施設などへも足を運んでおられます。



今回、諏訪の観音院の中島住職様からのご紹介という事で、
勝頼が土佐へ落ち延びた里へ来て頂き、とても感謝しております。ここから何かイメージをつかんで頂ければ、こんな嬉しい事はなかなかありませんね。 歌声がとても素晴らしいんですよ!オフィシャルサイトでも試聴できます。
このCDがどれも素晴らしかった
その中でも「光合成」というアルバムが、今まで体験した事もない心地よさでした。
自然の中から湧き出すような、やさしい音(歌)とギターのシンプルでありながら、壮大な音楽が、今までのジャンルでははかれない良さを持っています。また太陽光発電のみで製作された歌と考えても、そのコンセプトも歌も、美しく、ナチュラルでいて、心に響いてきます。ゆるやかに。
この仁淀川町の自然の中でぜひ聴いてみたいです!

みんなで応援しましょう!そして来て頂ける機会を作りましょう

さて、この日の日記です
■朝9時半ごろに、この仁淀川町に到着されました。

挨拶を交わした後、早速、勝頼の墓へと行きました。
美咲さんも、マネージャーの篠原さんも、さっと
バックパックを背負って、いつでもハイキングに行けるような感じで、さすが長野県から来た方々だと思いました。とても元気で明るいイメージです。

■大崎八幡宮へ ここで、新たな発見があります

長い階段の参道を登って神社へ行きました。
篠原さんが、方位磁石を出して方角を見て、何か頷いた感じだったので聴いてみると、この神社は東を向いているという事を仰りました。
その通りです、この大崎八幡宮は東向いているんですね、仁淀川町の他の神社は、ほぼ全部が南を向いているので、僕もどうしてか気になっていたんです。
諏訪では古より日(太陽)

の信仰が行われており、つまり、勝頼の母君の居た観音院も、太陽のパワーを受ける作りとして、天と湖から2つの太陽の光が差し込む作りになっており、昔から太陽を祀る祭祀が行われて来たと考えられております。
大崎八幡宮も東向きであり、東には、山があり、川が流れております。
現在は杉や檜が高くなり、神社の周りを覆っています。
ですが、約40年前の風景というのは、背の低い落葉樹の山で、神社から周りの風景が見渡せるものでありました。
今も、八幡宮の山の間から川が見えるぐらいですから、当時は川も見えたでしょう。
その当時というのは、どういう状況であったのでしょうか?
ある時期の、ある時間帯になると、太陽が、川を照らし反射して、2つの太陽が見られた事は想像に難しくありません。
太陽信仰に沿って考えると、諏訪と、この大崎八幡宮の意味合いなどが表れて来るものと思います。
あらたなロマンを発見しましたね!勝頼が知っていたであろう、諏訪の信仰から新たに研究する部分が見えて参りました。
■ひょうたん桜へ
篠原様が乗って来た車で、狭い山道をどんどん登って、
桜へと行きました。
勝頼が、この地へ来た時に、この地に決めたとの事で、
持ってきた杖を立てて、高遠より持ってきた桜の種を撒いた場所が
今の樹齢は430年以上を数える「ひょうたん桜(大藪彼岸桜)」の立つ場所です。
(※ちなみに町では樹齢500年となっています(汗))
篠原様に聞いたところによりますと、「杖を立てる」事、それ事態が大変重要な所作であると、教えて頂きました。
つまり、
杖、柱を立てるという行為は、ここを「軸」にするという意味を持つとの事です。
それで「ひょうたん桜」の対岸にある集落を篠原様が気にしており、
あっちには何があるのか?と訪ねましたので。
「大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)」と答えました。
それで、更に頷かれて、篠原様に聞いたところ
諏訪神社も、大山祇神社も、大祝(おおほおり)という位の神官が居た事でつながりがある事を説明頂きました。
これは、調べてみなければいけません!
「大祝」でつながって来るのかと思います。
さらには、秦氏(はたうじ)と、諏訪には関わりがあることも聞きました。その辺り、調べてみると面白いかと思います。
なぜなら、勝よりは諏訪、長宗我部氏は秦氏だからです。
地域に関わりがありそうな、そんな予感がします。
○昼食は
「中津渓谷 ゆの森」でとりました。
■寺村の観音堂(流光山成福寺)へ

ありがたくも一緒に写真に何度か撮影してもらいました。
観音堂の由来などを説明させて頂きました。
篠原様は香宗我部氏の里でもあったこともあり、そちらの方面からこの寺の事を調べてみたら良いのではとアドバイスを頂きました。
なるほど、元々は香宗我部氏と関わりの深かった場所と言われる寺村、でありますから何かまた面白い発見につながるかもしれませんね。
さらに興味を抱いていたのは、寺村の集落の下には仁淀川が流れており、橋の下に伝わる伝説です。
この橋の下の川は、大変深くなっており、岩盤で岸が作られている場所の下に
大きな穴があると言われており、
さらには、その中に龍(りゅう)が住み、日照り続きで、雨乞(あまご)いの儀式を行った際にその中から龍が出てきて、川を上り恵みの雨を降らしたという伝説があります。
そして、時代を経てその穴の中に泳ぎの達者な若者が潜って入りました。数時間して出てきたその者は、その穴の中にあったものは言ってはならないものであると、決して穴の中にあった正体を語らなかったと言われております。 これを聞いた篠原様は、浦島太郎の話をしてくれました。
岡山にある、竜宮伝説の残る場所と本当に似ているとの事で、しかも、川の真上に神社、その上に寺のある配置なども全く一緒だと言うのです。
確かにこれは「竜宮伝説」とそのまま言ってしまっても良い内容です。
posted by makkun at 19:16| 高知

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