2010年06月04日

【6/5】高知駅イベント広場出店&【6/6】中央公園で玄蕃太鼓(水のふるさとフェス)



【6/5】高知駅イベント広場に勝頼ショップ出店
【6/6】中央公園で玄蕃太鼓(水のふるさとフェス)


イベント武田勝頼土佐の会では6月5日に、JR高知駅前イベント広場に
勝頼グッズなど販売のため出店!PR活動を行います♪ぜひぜひ来てください♪
ぴかぴか(新しい) 田舎のコンビニ「おしおか」の『かつよりくん弁当』を販売わーい(嬉しい顔)

 この時に間に合わそうと思ったスタッフTシャツが予想以上に納期がかかり、次の機会に着用をしてもらおうと思います。

イベント6月6日の水のふるさとフェス(詳細はここをクリック!)
玄蕃太鼓が2公演行います!
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  1回目は10時半頃から
  2回目は13時から

 
 迫力の玄蕃太鼓をお楽しみにるんるんるんるんぴかぴか(新しい)

おいしいものいっぱいの水源地域の物産店
「堀内佳」「エルスール」コンサート
スタンプラリー、ミニSL体験乗車、利き水クイズ、金魚すくいなど盛りだくさんのイベントがあります♪






by 岡林誠
posted by makkun at 23:19| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四国神楽大会【6月5日】

毎年6月の第1土曜日に開催される「四国神楽大会」


  八百万(やおよろず)の神が檮原町に集合します
    この神秘的な雰囲気に浸ってくださいぴかぴか(新しい)


梼原町で古くから舞い継がれている津野山神楽の他、中四国の各地に古くから伝承されてきた神楽を観賞できます。


 仁淀川町からは【安居神楽】で我らが新人さんである、ミヤちゃん、アリサちゃんも舞います。どうぞ宜しく! 入場料は無料!
また、土佐牛を炭火焼きバーベキューでたっぷり味わう「土佐牛まるかじり大会」も同日に開催されています。

レストラン土佐牛&神楽! すごい組み合わせですが、聞いただけで腹が減ります。
場所は、梼原町役場前の河川敷で開催
太郎川公園の駐車場から無料シャトルバスが運行バス
お車でお越しの方も安心ですね。

開催中の「土佐・龍馬であい博」の梼原会場も至近

第24回四国神楽大会
開催日時:平成22年6月5日(土)12:00〜15:00
参加費:無料
開催場所:梼原町 ゆすはら座
【お問合せ・申込】 TEL:0889−65−1350(梼原町教育委員会)

※ゆすはら座は、高知県唯一の木造芝居小屋で、天井の木目が大変美しい建物。
 平成6年には、梼原町の保護有形文化財に指定されています。
 大正ロマン漂う和洋折衷の建物で、桟敷席や花道も備えられています。
 ゆすはら座は、音楽や劇団などのサークルやグループの合宿所としても利用できます。



四国神楽大会について
日程 毎年6月第1土曜日 ※雨天決行
12:00〜15:00
場所 高知県高岡郡梼原町 ゆすはら座
アクセス方法 須崎新荘ICから国道198号線を車で約1時間20分
(檮原町観光マップ C-2 )
車でのアクセス方法
駐車場 太郎川公園駐車場を利用(無料シャトルバスが運行されます。)



 私事ですが、仕事なので行けません、家族は行くようです。残念
posted by makkun at 17:55| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

左馬助と檮姫のロマンス - 生きていた武田信豊一族


 
生きていた!?武田信豊一族
  というところから紹介をしたいと思います。
   

  伝承である左馬介と檮姫(勝頼の次女)の甲斐での婚約〜
   〜そして土佐で結ばれたというロマンスを紹介します   ;ぴかぴか(新しい)


 『武田信豊』とは、信豊の父である信繁は、武田信玄の同母弟(信虎の子)で、その信繁の次男である武田信豊は武田勝頼とは従弟(いとこ)であり、仲も良く、武田家臣団においては勝頼を補佐していた。
 また穴山信君の息子の勝千代と勝頼娘(檮姫と土佐では名前が系図に記載)の婚約を勝頼が破棄し、その娘を武田信豊(信玄弟・信繁の息子)の嫡子と婚約をさせました。このことが原因で穴山信君の離反はあったと云われております。またそれが武田が滅びる事となった一因であると考えられております。


 この時に婚約したのが、信豊の嫡男と勝頼の娘(檮姫)でしたが、  
 その後、武田は滅び信豊の嫡男と檮姫は、それぞれ別々の悲運な道を歩むこととなります。

 (定説では)武田信豊とその子等は、小諸城内では織田に寝返った下曽根勢と信豊勢の戦いで切腹して最後を迎えております。
 また檮姫も、天目山にて父勝頼と共に13歳で亡くなっております。



 ひらめきしかし土佐の説では、信豊とその一族は助かり、信豊の嫡子は、勝頼の居る土佐で勝頼達と再会し、横畠の里で片岡氏の家臣となり、横畠左馬介貞秀と名乗り、越知町横畑八頭地区、やがしら「館城」に住み、片岡氏が滅びた後も勢力を保ち続けておりました。そのように考えられております。
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上の写真は越知町横畠八頭(館城)・清水集落周辺の写真

 山本氏がこの地域を支配し舘主だったと云われています、又柴尾も山本氏の支配する所かと思われます、現在も横畠には山本姓が多い。
 左上に黒森山を望む(写真)
 中央上の峠が「道分かれ」と言って全ての道が合流していて街道の要衝でありました。
 松山街道:是より奥地(大崎池川・伊予)への通用門ともなっていてジョン万次郎や岩崎弥太郎も帰国の時この道を通る。
(尚、系図には武田信豊が生き延びたという記載はないので、あくまで伝承とお考え下さい)



 この横畠左馬介貞秀(武田信豊の嫡子)と、檮姫(勝頼の娘)は甲斐より、海と山を越えた遠い土佐の地で(奇跡的にも)目出度く結ばれ、ムード仲良く暮らしたものと考えられます。
 ただ檮姫は病弱で、文禄(1593年)葵巳の2月8日に24歳で亡くなっております。

 結婚してから十年足らずの間に亡くなったのであろうと思われます。


 また、勝頼も左馬助が来た事が心強かったことでしょうグッド(上向き矢印)、長宗我部地検帳には勝頼(変名:大崎玄蕃)と左馬助貞秀の共同名義で土地をいくつも所有しておることが確認されております。
 横畠左馬助貞秀は、山本氏に仕えてからは山本左馬助となります。
 長宗我部家臣団の名簿にもその名前(山本左馬助)が見られます。長宗我部元親の元で一緒に戦った武士でありました。

(※山本氏はあの山本勘助と関係があったと云われ、土佐にもいくつか話が残っております。香宗我部氏との関与などの説)


  地検帳から見ますと、高岡郡佐川郷タマハリノ村タマハリノ南のホノギ(小字)には、共に左馬助と大崎玄蕃の控え地が有ることからも、姻戚関係からすると共同で土地を使用していた証拠であります。

 長宗我部地検帳には土佐市の谷地に大崎玄蕃の土地が有ることから、片岡氏の南限まで共に活躍したとも考えられ片岡氏と深い関係で有ったことが想像されます。 


 さらには、山内氏の家臣である深尾が佐川の領主として入って来てからも、勝頼の子孫達は場所を動かずに、城を構えており、近年までは武家屋敷「沖の古城」と呼ばれ、武田菱の家紋の付いた棟瓦が数カ所に見られましたが、現在では取り壊されてしまいました。(詳しくはこちらをクリック
 大変残念なことです。


 佐川の領主が深尾となった後も勝頼達一族がその場所に城をもてた背景には、「渡来系の栽培用の茶が来るはるか昔より石灰石系の地質上に自生する、特別なお茶、【山茶】を(現仁淀川町から運んで来て)深尾の殿様に献上」していたのではないかと考えられております。喫茶店
 実際に仁淀川町の山茶は深尾の殿様に献上されていたようです。
現在でも土佐の仁淀川町では採られており、一層お茶の美味しさが感じられるお茶です。るんるん




 ひらめき武田信豊と一族が逃れて助かったと云われる記録が実は阿波(徳島)にありましたぴかぴか(新しい)

 武田晴信(信玄)に甲斐を追放された父の信虎は、その後、京に出て、男子をもうけたといわれていますが、その子は後に武田信顕と名乗って阿波へ行き、三好氏に取り立てられて脇城主になったということです。

 しかし、信顕はその後長宗我部の侵攻に遭い、讃岐に逃れ果てたといわれています。その供養の墓碑が現在の東かがわ市の東照寺にあるといいます。


 また、長篠の戦いや天目山の戦いの敗戦により、武田信玄の弟の信綱(武田勝頼の叔父である信綱)が讃岐を経由して阿波貞光に入り、
 その後を追って、信玄の孫の武田左馬介信豊、弟武田左馬介信政、信玄の弟の信基らも讃岐を経由して阿波の太田邑(おおたむら)に入り住んだといわれています。
 この時すでに「甲斐名賀六信次」という脇城第一家老が太田邑には住んでいた。

 このように、甲斐武田氏にゆかりのある者が阿波に入っていったのは、ルーツを同じくする三好氏がいたからだと考えられています。
 
 讃岐の十河氏も三好氏を通じて甲斐源氏の血が入っていますから、甲斐武田氏にゆかりのある者が頼って来るということは十分考えられます。 この阿波の太田邑、明治九年(1876年)高知県阿波国美馬郡太田邑となっております。

かわいい
【1】阿波の史料に、武田信豊らが生き残り来ていたという事が記されておることや、
【2】また左馬介というのは、官職である左馬介の唐名である典厩とも呼ばれるもので、信豊の父も典厩である左馬介を名乗っていたことから、その嫡子も左馬介を名乗ったのではと考えられること、
【3】伝承と、長宗我部地検帳に伝承のある場所にちゃんと左馬介、そして左馬介と勝頼共同で記載があること
【4】信豊の次男も小諸城では死なずに、生き残り子孫が代々続いておること
【5】左馬介の妻である、「檮姫」も墓守りによって代々祀られておること。

 この伝承が単なる作り話とは思えないような気がします。
 
過日、檮姫の墓参りをしたとき、これが檮姫の墓だと思った武田割菱のように見える筋が入った墓前に立とうとしたとき、風が吹いて2つ右隣の墓の前に米が全部落ちました。
 もしかしたら、「私の墓はこちらですよ」と教えてもらったような気がします。

 
 このような面白い伝承を大事にして行きたいと思います。わーい(嬉しい顔)


 これは阿波の史料の一部ですが、阿波の武田の詳細を知りたい方は
■「貞光町史」貞光町史編纂委員会 昭和40年
  138-150p「大田殿考(武田逍遥軒信綱考)
■「脇町史」脇町 平成11年発行の511pと522-523p「脇ノ城」の項
  523pには、信顕公の墓(香川県大内町・東昭寺)の写真(白黒)掲載あり。
 「脇町史 上巻」
  ・511p「(四)長慶、脇ノ城を築く」の項の文中に、
  「弘治二年(1556)、長慶の幕政支配が確立し、脇城代も三河守兼則に代わって武田上野介信顕が入っている。」という一文が出てきます。

■「姿なき阿波古城」鎌谷嘉喜/著 昭和60年
  40p「阿波の城跡と城主」の表中
   119p「武田氏略系図(脇城)

 
■「脇城由来記」真鍋利夫/著 平成10年
   15-17p「武田上野介、脇城主となる」
   21-24p「脇城合戦」

なお土佐の系図などには信豊に関する記載はありません。

ぴかぴか(新しい)
 
posted by makkun at 17:44| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

総会が開催されました☆平成22年5月29日午後3時より


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 場所:仁淀川町大崎 基幹集落センター2階会議室
 月日:平成22年5月29日(土)
 午後3時:総会
 午後5時〜夕食会(田舎バイキング)
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 無事に楽しく開催されました!わーい(嬉しい顔)
 これもお集まり頂いた会員方々、田舎バイキングへ出店頂いた皆様
 そして平家会の皆様のおかげでにぎやかに開催されました。

 当日は、様々な会や町内の催し等々が重なり、出席者がとても少なくなるんじゃないかと心配されましたが、よく集まって頂けたと感謝しております!

 総会では事業、会計などの報告、さらには会長のミニ講演、新規事業の発表、玄蕃太鼓演奏などが行われました。
 
 私も当日は色々な行事が重なって出席できないかと思ったのですが、何とか間に合ったので、新規事業として取り組む検討をしておる内容
を発表させて頂きました。
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 玄蕃太鼓演奏です♪いつも会を盛り上げてくれていますexclamation
  お囃子で祭り気分でした。
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 バイキングに出品いただいた地元の皆様
 ・そばうち研究会 ・田舎のコンビニ「おしおか」
 ・上名野川食品加工グループ ・個人での出品の皆様
 大変おいしかったです!ありがとうございましたぴかぴか(新しい)
 仁淀川町の美味しい食がこのように集まる機会も少ないので、
 沢山頂きました。ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)レストランビール

 夕食会は平家会の副会長の加納稔久様の乾杯から始まりましたビール
 これからの連携でお互いの会を盛り上げて行こうとの有り難いお言葉を頂きました。私たちも協力して土佐をもっと盛り上げて行こうと思いますわーい(嬉しい顔)
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 仁淀川町のアメゴ、田楽(でんがく)、ヨモギの炒り餅、
 岡林浩二さんの美味しいスペシャル餃子、ちらし寿司
 その他、仁淀川町を代表するような田舎料理が沢山レストラン


 ひらめき平家会との交流は、歴史やイベントを通じて活発化しそうです!
 勝頼の伝統は平家の祭祀と時代を経てミックスされておるんですひらめき

今年も調査に出向いたり、史料などや歴史の研究、イベントの強化にも力を入れて楽しい会作りに邁進いたしますわーい(嬉しい顔)
 どうぞ今後ともご協力のほど宜しくお願い申し上げますexclamation×2



posted by makkun at 09:05| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする