2011年04月24日

天界集落へのいざない【5】仁淀川町桜〜ひょうたん桜 地元民のみぞ知る美しい桜名所紹介!武田平四朗の墓前祭

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わーい(嬉しい顔)何度かにわたり、武田勝頼とひょうたん桜の関係を記事にして来ました。
【過去記事】
ひょうたん桜=高遠桜!【武田勝頼が土佐へ持って来た!】
ひょうたん桜満開!
大山鎮め〜 勝頼の太陽信仰!?昭和2年の新聞より
遥か天空の彼方より 〜 花伝説・宙へ!宇宙へ行った勝頼所縁のひょうたん桜
天界集落へのいざない【4】ついに桜伝説の撮影に成功!〜ひょうたん桜〜宗津


今回は、その美しさを純粋に楽しんでもらいたいと思いまするんるん
花見時期は既に終わってしまいましたが、来年もぜひ来てください!日本一美しい!といわれる意味がよく分かる場所です。ぴかぴか(新しい)

仁淀川町桜集落の見どころは、「ひょうたん桜」「しば桜」「しだれ桜」です!
尚、今年のライトアップは中止となっておりました。


動画もアップしておりますので、下まで見て下さいねわーい(嬉しい顔)



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さらに!今回は地元民のみぞ知る、仁淀川町桜の「しだれ桜」を紹介!
ひょうたん桜の開花より1週間遅れで咲く美しい「しだれ桜」を後ほど紹介!


ひょうたん桜(天然記念物)は、
武田勝頼が甲斐からもってきた桜として知られております。
その甲斐には同じエドヒガン種の
・山梨県韮崎の王仁桜(わにざくら)
この王仁桜(わにざくら)の直ぐ近くには、武田信玄が1541(天文10)年に再建した本殿が残る武田八幡宮。そしてさらに、桜のある大仁塚(おおわにずか)は、日本武尊の皇子武田王がこの地を治めた後、葬られた場所と言われています。

・長野県の高遠桜(たかとうざくら)
武田勝頼が城主と務めた高遠城には、同じ品種と考えられる高遠桜があります。
高遠城は1547年(天文16)、武田信玄の命により山本勘助、秋山信友によって大改築された城。
桜の蕾(つぼみ)の時の色もそっくりです。
天然記念物で苗などの外への持ち出しを禁止されております。

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高知県吾川郡仁淀川町
■いのICから国道33号線を松山方面へ50分程度
仁淀川町の大崎という場所まで国道33号線を走って来ます。

大崎に来ると「ひょうたん桜」の看板が見えますので、山手方向へ曲がると交番があります。

今回、武田勝頼ショップテントを設営し、観光案内や商品の販売を行いました。
こちらのテントがそうです。
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観光バスが数台でローテーションを組み、勝頼の史跡観光ガイドもさせて頂きました。
おかげさまで勝頼くんせんべいも大好評でしたぴかぴか(新しい)
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ここからが登り口となり、桜までは車で5分少々です。
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登り口の近くには「武田勝頼の墓」があります。

車(セダン)駐車場はシーズンの時は混雑もします
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駐車場の横ではブンタンの販売や良心市!
地元の新鮮な野菜なども販売しております。
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向こう側に見えるのが、桜の美しい集落です。大崎玄蕃こと武田勝頼が拓いたとされる集落です。
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◆大藪彼岸桜(おおやぶひがんざくら)
樹齢500年とも言われておりますが、勝頼が持ってきたものなら430年ほどの桜です。
案内板や記念碑、大山祇大神を祀った祠など、この祠のあった場所に
勝頼は杖を立て、甲斐から持って来た桜の種を撒いたと云われがあります。
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この大木の前には下の公園に降りる道があります。桜を正面から見ることができるポイントですのでぜひ行ってみて下さいね。
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みなさんお弁当を美味しそうに食べております♪
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さらに公園の道を進みます。
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その先でちょっと寄り道。
昔はここに飼われていた牛が何頭もおりました。現在はもういません。
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公園の方へ戻ると、「ひょうたんしだれ桜」
しだれ桜にひょうたん桜が混ざって出来ためずらしい桜ですハートたち(複数ハート)
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つぼみの形が「ひょうたん」ですわーい(嬉しい顔)
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対岸に見えますのは、宗津の集落です。
この桜の集落からは土佐〜伊予の美しい山並みが見渡せますぴかぴか(新しい)
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◆山と桜の絶景ポイント
販売所と集会所のある場所からは、美しい山並みと、桜が同時に見られます。
売店では食事やお土産物も売っております。
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ひょうたん桜の苗も売っておりまするんるん
お土産物はどれも大好物です!
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ゼリーも大人気exclamation×2
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売店や集会所のまわりはけっこう広く、トイレもあり
カメラマンや花見客でにぎわいます333.jpg334.jpg
集会所の隣の社には、戸分神社、牛頭天王大明神を祀ってあり
豊かさと、病気平癒の神様です。
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良心市に再び来たら文旦など在庫が再入荷しておりました!
また、ひょうたん桜のオリジナルタオルの販売も♪
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菜の花の黄色も大変美しいものです!
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◆しば桜もそこそこ咲き始めておりました!
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かわいいさらに一週間後!ぴかぴか(新しい)
しば桜としだれ桜が美しい時期になります
しば桜は、老朽や動物による被害で規模が小さくなりましたが、やはり美しく気持ちの良いものです。この色あいの良さがたまりませんね♪
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以前は規模も大きいものでした↓2008年撮影。この頃以前は更に美しい
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さて、お待ちかね?の地元民が知る
美しい「しだれ桜」。しば桜と同時期に咲きます。
本邦初公開!
ぴかぴか(新しい)

ひょうたん桜の大木を1分ほど進むと、休憩場所があります。
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その左手に細い道があり、そこを登り奥へ進みますわーい(嬉しい顔)
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すると、そこには、「しだれ桜」の世界が広がっています!
期待して損はないです。ちょっとやそっとの綺麗さではないです。

写真の解像度が悪いのですが、その場はもっと本当に気持ちの良いものです。
地面もスペースがあり、綺麗ですし、御座でもあれば座ってゆっくりできます。

風景も相まって本当に美しいぴかぴか(新しい)
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この日の夕方、桜の武田神社にて大崎半四朗の会による
武田半(平)四朗の命日(4月16日)に慰霊祭が行われました。
【武田(大崎)半四郎の墓前へ】

大崎半四郎という人物は武田信玄の三男である信仲のさらに嫡男で、
名前を安行と云い、大崎半四郎を名乗ったことが系図からも見られます。
 定説では信玄の三男は夭折(幼くして亡くなる)しております。
昨年2010の春の陣ツアーはこちら

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春の陣として予定もしておりましたが、今回は代表と関係者のみで祭司を執り行いました。
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そして再びこのしだれ桜にちょっと立ち寄って帰りました。
この桜集落の氏神神社は、大藪七所神社です。ここの彫り物も素晴らしいですよ。

さて、帰路は(シーズン時基本)一方通行です。
駐車場から見た風景です。帰路の道は今年新しく抜けたばかりの道があり、
混雑を防ぐために作られました。
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桜の集落もよく見えます。
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仁淀川町桜、いかがでしたか?ひょうたん桜がこの場所は有名ですが
他にも見どころは沢山ありました。


さらに仁淀川町には広い範囲に花の美しいエリアが点在しており、
どれも素晴らしい場所ばかりです。天界集落として、この仁淀川町の桜や桃などをこれからも紹介してまいります!次のブログをお楽しみに!わーい(嬉しい顔)



さて、動画も見たいとのリクエストがあったので、動画もアップしました。
ただし、確認程度に撮影したものですので、ブレなども多く見づらいかもしれません。
どうぞご了承のうえ、ひょうたん桜を動画で見て下さいぴかぴか(新しい)































最後の動画は武田平四朗(大崎半四朗)墓前祭の様子です。
音はミュート(無音)になっていますわーい(嬉しい顔)



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そして、今日(4月23日)は私のいとこの結婚披露宴でした。晴れ
ひょうたん桜、富と繁栄をもたらす「ひょうたん」の力でどんどんまい進して下さいグッド(上向き矢印)わーい(嬉しい顔)ご結婚おめでとう!ぴかぴか(新しい)
posted by makkun at 02:21| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 天界集落へのいざない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月20日

天界集落へのいざない【4】ついに桜伝説の撮影に成功!〜ひょうたん桜〜宗津

カメラこの画像や映像は、伝説を初めて捉えた貴重なものとなりましたぴかぴか(新しい)


晴れ伝説のとおり、ひょうたん桜の大木の上部にあたる山から太陽が昇ります晴れ



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仁淀川町桜の
ひょうたん桜には、大崎玄蕃こと武田勝頼の伝説があります。

仁淀川町桜は山の尾根の松山街道に沿った天界集落で、風光明美な場所として知られ、特に桜の咲く時期には多くの観光客が訪れます。

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 ひょうたん桜の中でもひと際大きい桜は「大藪の彼岸桜」と呼ばれ
樹齢が400年以上(地域では500年といわれる)あると伝えられております。

このひょうたん桜は、武田信玄の4男である武田勝頼が甲斐から来た時に
この場所(旧:大崎村大藪)を武田家再興の場所として定め、大山祇神社から受けてきた
大山祇神を祀り、大山鎮めを行い、この集落を拓いたと伝えられております。
さらに、ここには
武田信玄の3男の子であります武田神社と武田平(半?)四朗の墓というのもあります。


武田勝頼が拓いた村「大藪(おおやぶ)」


大山鎮めを行った場所へ杖を立て、薬として甲斐から持ってきた桜の種を撒いて実ったのがおこの大きな「ひょうたん桜」だと云われております。


この場所こそが、現在ひょうたん桜の大木が咲き誇る場所なのです。

そして、この「桜」の集落の真西の対岸には「宗津」という集落があります。
その集落の大山祇神社から春分の日に、対岸の桜集落を見ると、ひょうたん桜の大木の真上あたりから太陽晴れが昇るといわれております。

以前、長野県から来て頂いたシンガーソングライターの美咲さんのマネージャーの方が
方位磁石を取り出し、「この桜の真西には何がありますか?」と聞いてきたので
「大山祇神社です」と答えたところ驚いていた様子でした。
なんでも、勝頼の生まれ故郷「諏訪」では太陽信仰が重んじられていたという事です。
また「杖」は柱を表し、どちらも大変重要な行為だと考えられております。


【桜(大藪)と宗津の位置関係】

真東(桜)と真西(宗津)に存在する。下の画像は太陽の日の出と日没の位置です。
障害物(山)により、位置がだいぶ異なることはあります。
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また、日の出と、日の入りの方向に偶然かもしれませんが、明神山と黒森山があります。
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それ以来、私はこの太陽の昇る伝説を確かめようと、春分の日(3月21日)を待ちわびておりました。
○こちらが昼間に宗津側から見た、桜の集落です。○

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そして、その伝説の瞬間を捉えた画像と映像で、その時の模様をお届けしますぴかぴか(新しい)

まず、春分の日までにシュミレーションできないかと、グーグルアースにて3月21日(春分の日)に太陽の出る位置を確認することから始めました。
これがその画像です。
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元画像↓
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すると、なんと伝説どおりに桜の真上に近い場所から日の出が確認できましたexclamation×2
パソコンでのシュミレーションなのですが、これには期待も高まります。


そして、3月23日、
(21日は天候に恵まれず23日とさせていただきました。ほぼ太陽の昇る場所に差は無いはずです)


午前6時40分。私は桜の対岸にあります、宗津から朝日が昇るのを待ちました。


武田勝頼の桜伝説に会えた感動の瞬間!
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その場所から確かに太陽晴れが昇っていきます! 
なぜ、勝頼はこの場所を再興の地にしたのか?

それが太陽信仰や大山祇神社、
大祝(諏訪大社や大山祇神社に共通する神主の最高位)
様々なキーワードが答えを出してくれているかのように思いました。
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◆日の出の動画です。伝説と神話(武田勝頼と日本古来の信仰)◆






こちらが、宗津の大山祇神社
 年間を通して多くの祭礼が行われ、毎年3月22日には春祈祷や諸難除けの祀りが行われます)
太陽の光が次第に、境内から社を照らして行く様が幻想的でした。
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この光景は秋分の日にも見られます。


iPhoneの太陽位置確認ARソフトでも併せて確認しました。
このARソフトは若干位置がズレて表示されます。
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便利なのは確かです。その時間の太陽の位置が(若干のずれはあるにしろ)確認できます。



伝説の日の出で作った武田割菱!
日光の光がクロスしていたので、写真を5枚重ねたら、なんと武田菱が浮かびあがりましたるんるん
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割菱の形は田んぼの「田」ですよね、「田」には宇宙を表すという意味があるようです。
太陽で作った宇宙ですわーい(嬉しい顔)


3月22日に大山祇神社にて行われた祭礼です。
春祈祷や諸難除け
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午後からは集会所で戦没者の慰霊祭が行われました。
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神前には、村の五方に立てる木札と竹に方位除けのお札としめ縄
祓行事が終わったあとに、氏子が5か所に立てて、村の安全を祈ります。

神社では氏子が集まって囲炉裏を囲み祀りの準備。
境内には、名野川磐戸神楽の切り絵や、長州大工の彫り物が美しく
凛とした空気に満ちております。
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神社で祭礼が終わった後は、山の神の本体(ご神体)がある場所へ行きお祭りします。
「石休み場」と呼ばれる場所で、大山祇神社から8分程度かかる場所です。
古より、この岩くらを山の神の降りる場所としてお祭りしております。

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帰りに、「首切れ岩」を撮影。左手に見えるのがそうです。
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昔、力のある大男たちが、岩をかつぎ上げたと伝えられていますが、
なかなかそんな簡単に持ち上がりそうにはありません。

■お昼からは戦没者慰霊祭
集会所はなかなか広く、敬老会や様々な行事で使われて、
高機能なカラオケシステムもあります。
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こちらは宗津の昔の風景写真です。昔は山の上まで全て畑、すごい風景です。
現在は植林だらけになってしまいました。
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かわいいさて、お次のブログでは桜の写真などをお楽しみ下さい。
仁淀川町は素晴らしい場所です。わーい(嬉しい顔)
posted by makkun at 18:01| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 天界集落へのいざない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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