2009年10月16日

【3】武田勝頼没後400年記念【秋の陣】フェス

  10月10日土曜日          toplogo0.jpg




   位置情報武田勝頼没後400年記念フェスぴかぴか(新しい)

    【秋の陣】−玄蕃祭−フィナーレ
 GENBA

 


満月土佐の山間に一夜のみ現れた、武田勝頼を祭る桃源郷満月



 aaDSC_3610.jpgaaDSC_3706.jpgaaDSC_3812.jpg

 神事〜神楽〜小学校太鼓〜手踊りサミット等々と進んで来ました。
いよいよこれから、手踊りサミットの総踊りが始まります!
 ルーツが同じ踊りというだけあり、歌の節回しこそ違えど、手や足の運び、歌詞など共通点があります!

 夜になり、美麗なライトアップが始まりました!ぴかぴか(新しい)

aaDSC_3506.jpgaaDSC_3536.jpgaaDSC_3502.jpg

 常に色を変えるライトアップされた参道写真ではなかなか伝わらないのですが、本当にキレイでしたぴかぴか(新しい)幻想的です!
aaDSC_3508.jpgaaDSC_3509.jpgaaDSC_3510.jpg
aaDSC_3632.jpgaaDSC_3811.jpgaaDSC_3511.jpg

 ライトアップは他の箇所でも行われていました。
鳴玉神社、参道、境内の森、全てを撮影する事は出来ませんでしたが、遠景で撮影された方や、他の箇所を撮影された方がおりましたら、ぜひ画像を送って下さい。貴重な写真として掲載させて頂きたく思いますわーい(嬉しい顔)

 ぴかぴか(新しい) ◆手踊り総踊り◆ ぴかぴか(新しい)
 
 今回集まって頂いた手踊りの6団体と、一般参加者が交じって大きな輪を作ります!
 花台には、神様の御利益を得るための花が挿されており、古来より手踊りを行う事で祖先の霊を慰め、霊験が得られるとされており。
 踊り終わった後で、花を皆で持ち帰り、神棚や仏壇の脇に祀って、一年間の無病息災、家内安全、商業繁盛、子安円満などなどを祈ります。

 この花台に今晩宿る神は大崎玄蕃大神、それは武田勝頼が崇拝されて氏神となった神であります。 また美津岐大神は、勝頼の夫人が神として祀られたものです。
祭神として人が神と祀られたのは、全国としても珍しい事です。
 例えば、天満宮の祭神は菅原道真公として、学問の神様として有名です。
 大崎玄蕃大神は、平和の象徴、また災厄や病気を鎮める象徴でありますので、花を持ち帰った方や、参拝される際に覚えておくと良いかと思います。


 総踊りが始まり、皆さんとても楽しく参加してくれました。
こんな光景が見られるなんて、とても感動です!わーい(嬉しい顔)
 参加された踊り子さん達はとても喜んでくれて、総踊りサミットを計画した甲斐が有りました!


aaDSC_3609.jpgaaDSC_3632.jpgaaDSC_3601.jpg

aaDSC_3613.jpgaaDSC_3603.jpgaaDSC_3537.jpg
aaDSC_3622.jpgaaDSC_3632.jpgaaDSC_3614.jpg

aaDSC_3616.jpgaaDSC_3612.jpgaaDSC_3623.jpg

aaDSC_3634.jpgaaDSC_3627.jpgaaDSC_3639.jpg

aaDSC_3534.jpgaaDSC_3602.jpg>aaDSC_3621.jpg

玄蕃踊りの風景が大きく復活した瞬間でありました。
 多くの御霊も慰められた、そんな気がします。
思い思いに歌に会わせて踊った今回の総踊りは、かけがえのない記録として永久に残るでしょう!


 

 ぴかぴか(新しい) ◆太鼓のステージへ!◆ ぴかぴか(新しい)

 休憩時間をはさみ、太鼓のステージへと突入です!
だんだん寒くなって来て、テントの中へ人も集まり始めます、ここは太鼓の勢いで寒さをはらいのけましょう!


 椿山太鼓おどり
  
  椿山太鼓踊り保存会が、集落の中心にある氏仏堂において、安徳幼帝の子守歌として、また平家の武将や公達(きんだち)の霊を慰める祭として、毎年古式通りに奉納され、数多くの伝説とともに受け継がれてきたものです。
 演目の中にサンバレというものが、古くは玄蕃太鼓踊りとされておった記録があります。歌の中に「大崎玄蕃殿一七太刀をかたぎ...」と大崎玄蕃の名が出てきます。これは後の時代に疫病が流行った時に、玄蕃踊りが疫病鎮めに広く用いられた時の影響を受けて取り入れられたのであろうと考えられております。現在は残念ながら伝えられておらず、復活が望まれます。
  幽玄の世界に誘う、椿山太鼓踊りをぜひ、地元の椿山で見て下さい。ぴかぴか(新しい)
 演目:念仏おどり、あつもりおどり、あやのおどり
aaDSC_3646.jpgaaDSC_3660.jpgaaDSC_3659.jpg
aaDSC_3650.jpgaaDSC_3654.jpgaaDSC_3663.jpg



 
 玄蕃太鼓

 甲斐の武田勝頼が戦国の世に、今の仁淀川町(大崎)に落ち延びてきて、名を「大崎玄蕃」と名乗ったという、昔から地域に親しまれてきた大崎玄蕃にちなんで行われてきた手踊りを主体とした玄蕃祭として400年もの間行われ続けてきました。
 この伝統、玄蕃の太鼓を元にオリジナル曲「玄蕃」を創作し、手踊りの単調な和太鼓のリズムに戦乱を生き延びた勝頼を偲びつつ、また未来を見つめた太鼓の活動を通じて、地域づくりの一端を担うべく各種イベントにも参加しております。

 武田軍の打ち鳴らした出陣太鼓とイメージして見て下さい。
誰もがこのリズム、感性に感動する迫力と繊細さを兼ねた太鼓です!

 演目:玄蕃、お囃子、福神のいざない、鼓響、雪月花

さらに今回、動画をアップされた方がおりまして、
このページに動画をリンクさせて頂きました、ありがとうございます!

aaDSC_3675.jpgaaDSC_3679.jpgaaDSC_3684.jpg
aaDSC_3696.jpgaaDSC_3700.jpgaaDSC_3707.jpg
aaDSC_3714.jpgaaDSC_3736.jpgaaDSC_3754.jpg

 迫力の動画をお楽しみ下さい






 







 環頭太鼓「風雅」 
 
 フィナーレを飾る最後の太鼓は、日高村を中心に和太鼓の振興を計って行こうと平成17年に結成され、その活躍は目覚ましく、県下に広く知られ、よさこいグループ「風雅」を結成するなど元気な太鼓グループです!玄蕃太鼓との交流があり、迫力の太鼓でフィナーレを飾るべくして行われました!
 素晴らしい演奏でしたexclamation×2
 演目:旭(あさひ)、萌葱(もえぎ)、風雅(ふうが)

aaDSC_3772.jpgaaDSC_3775.jpgaaDSC_3782.jpg
aaDSC_3787.jpgaaDSC_3792.jpgaaDSC_3798.jpg
aaDSC_3804.jpgaaDSC_3810.jpgaaDSC_3812.jpg
aaDSC_3813.jpgaaDSC_3795.jpgaaDSC_3816.jpg

 大迫力で洗練された太鼓を見せてくれました!ありがとうございます!
 


 奉納された余興はこれでフィナーレを迎えました満月
勝頼に関するイベントをする時はいつも空が晴れておりました。
今日も星空が美しく、境内の上に輝いておりました。

 今日は武田勝頼没後400年祭として、燦然と輝く日を迎え、これからの未来のために、進んでいく力を養いました。
 十月十日を合わせると「朝」という字の如く、新たなスタートに向けての大きな前進でありますぴかぴか(新しい)



  ◆もちまき−−−ありがとうの気持ちるんるん

 寒かったので時間を早めての餅まきです!この時になると皆さん、体力が復活したかのように賑やかになりますわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
 最後までお付き合い頂きましてありがとうございました!
aaDSC_3822.jpgaaDSC_3823.jpgaaDSC_3824.jpg
aaDSC_3826.jpgaaDSC_3833.jpgaaDSC_3834.jpg
aaDSC_3838.jpgaaDSC_3839.jpgaaDSC_3827.jpg
aaDSC_3765.jpgaaDSC_3818.jpgaaDSC_3761.jpg

 すごく楽しかったです!餅の量もハンパじゃないですね(笑

aaDSC_3842.jpgaaDSC_3847.jpgaaDSC_3840.jpg


 会長の閉会宣言   「ありがとうございました!」


 花台の花は勝頼の御利益がありますので、必ず持って帰って下さいね!
aaDSC_3843.jpgaaDSC_3849.jpgaaDSC_3854.jpg
aaDSC_3852.jpgaaDSC_3851.jpgaaDSC_3759.jpg



 最高の玄蕃祭が出来ました事を心より感謝致します
 これからも、武田勝頼土佐の会は全国規模で、勝頼にまつわる伝承、史料の編纂や、子孫からの伝承などの調査、史跡調査、観光化などに取り組んで参ります。
 


   勝頼そして武田家の御霊、永久に安らかなれ
            aaDSC_3320.jpg


                       katsuyori.jpg












 おまけ
片づけ風景

aaDSC_3855.jpgaaDSC_3856.jpgaaRIMG0063.jpg

 準備する時も早かったのですが、片づけも早いです!
風林火山がモットー!なのかな
 「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、動かざること山の如し」

 ちなみに勝頼は「風林火山」の旗よりも、「大」と書かれた旗を信玄の遺言に基づき掲げました。

翌朝(11日)の片づけ、ちなみに私は東京、大阪から来られたファンの方を連れて史跡巡りツアーを行っておりました。皆さんお疲れさまでしたー!
aaRIMG0064.jpgaaRIMG0065.jpgaaRIMG0066.jpg
 
 花台もこの通り、キレイに解体されました晴れわーい(嬉しい顔)

aaRIMG0067.jpgaaRIMG0068.jpgaaRIMG0069.jpg
aaRIMG0070.jpgaaRIMG0071.jpg

 最後には倉庫にスッキリと収まり、花台さん、また来年! ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

katsuyorimascotarigato.jpg
posted by makkun at 11:44| 高知 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素晴らしいですね!
ブログを拝見しました

 とても長い時間開催されたのですね、盛り沢山の内容で奉納されて勝頼公も穏やかに見守ってくれていたと思います。

 土佐に落ち延びた武田勝頼(諏訪四郎勝頼)
諏訪の観音院を思い起こして建立したとされる寺に一度は行ってみたいですね。
Posted by 諏訪 at 2009年10月16日 17:51
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。