2010年04月01日

【香宗我部親秦の墓・宝鏡寺跡】長宗我部ツアー記(昨年の11月21日)

昨年の11月21日(土曜)の事で恐縮です、PCの復旧に伴い
写真が2つありましたので、それも含めてツアーを思い起こしながら記事を書きますわーい(嬉しい顔)

(長宗我部ファンクラブの名札!オリジナルを頂きましたるんるん
見て下さい!勝頼の家紋まで入っており、良いデザインでとてもお気に入りです。PCの横に飾って忙しい時に力をもらってますわーい(嬉しい顔)
DSC00140.JPGDSC00141.JPG

 高知駅発
朝、なんとかギリギリ出発に間に合いました。私の家から1時間半ほどかかります車(セダン)
 急いでいたため、カメラを忘れるというミスで、携帯で2枚ほどしか撮影できておりませんあせあせ(飛び散る汗)
 長宗我部ファンクラブに入ってから初めてお会いする方がほとんどで、皆さん県外から多く来られていました。
 
 歴史民俗史料館長の宅間先生が今日は同行できなかったので残念でしたが、長宗我部ファンクラブの方々に沢山お会いできた事は本当に光栄ですパスワードぴかぴか(新しい)

 バスダッシュ(走り出すさま)バスで空港へ向かい、残りの参加者を出迎えまして、初めに向かった場所は、香宗我部親泰墓であります宝鏡寺跡地です。
 ここへ来るかも?という期待を持っていたのでとても嬉しかったですね。

 【宝鏡寺跡・香宗我部親泰墓所】
 Image056.jpgImage057.jpg

 かわいい香宗我部親泰と武田勝頼との関わりが系図などの史料や伝承から分かっております
 天目山以降
上州へ落ち延びた武田家一行は、香宗我部の手引きにより、伊豆の国の初根ヶ原に行き、そこから富士川を下って、瀬戸内海に入り、今治へ行きます

勝頼が落ち延びた当時は、香宗我部氏は長宗我部元親の弟である親泰が実権を持っており、どちらかといえば長宗我部氏の元で動いていたわけです。
 伝承では、親泰の信頼をおく者(もしくは親泰本人?)が、武田勝頼と通じていたと言われております。

 さらに土佐へ第一歩を記したのは、大豊町そこから、立川峯際空石 → 植田村西屋敷 → 大谷村 → そして楠目大法寺香宗我部氏の本拠地である現在の香美市(香美郡土佐山田)の寺に招かれます。(この場所には他に武田神社などがあり、勝頼の子孫である武田家が代々守って来ております)

 さらには、長宗我部氏に仕えておった片岡氏の本拠地である、川井村へ向かわされます。
 その土地なのですが、長宗我部氏と関係の深い土地です。まず、武田の菩提寺を建てた寺村は、長宗我部氏、香宗我部氏に仕えておった寺村氏の土地です。
 また、その後に神社を建立した大崎村川井もまた長宗我部に仕えていた中島氏の城でありました。

 このように香宗我部親泰との関わりなくしては土佐に勝頼が来る事は無かったのであろうと思われます。
 ここまで武田が擁護された背景には何があるのか?

 それを思いながら、香宗我部の墓石群を見ていると、香宗我部親泰がどのような思いで戦国乱世に生きて、天下をどのようにするべきと動いていたのだろうか、とても感慨深いですし、遙か昔のことであっても、知れる限りの足跡から、多少なりとも思いを察することは出来そうに思います。

 香宗我部の助けがあった事が、そもそも土佐の武田勝頼の数多とある伝承のルーツなのですから、長い時間をかけてじっくりと考察したいですね
ぴかぴか(新しい)

 【香宗我部家】は元々武田氏の家系で 、四代目武田信義の子、忠頼(一条次郎)は、源頼朝に殺されるが、・・・(これに関しては諸説あり)       
 その子(一条、甘利、香宗我部)秋道を家臣中原秋家が補佐し、共に土佐に入る(建久四年1193)、秋道は秋家(香長平野
の東部宗我・ 深淵現野市)の地頭職を相伝、香宗我部秋道家をなのる(香宗城、現野市)後の香宗我部」親康と云う。
*中原秋家は山田に移り、山田氏の祖となる。山田氏の城として楠目城跡がある(土佐山田町の埋蔵文化調査報告書より)
 takeda.jpg
 香宗我部に関しての詳細はこちらの↓サイトに詳細があります
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/koso_k.html
 
ちなみに武田勝頼の戒名に「秋道」という文字が見られます
「成福院殿榮秋道勝大居士」
 意味を成すのかどうなのか、素人の私には分かりませんが、大事なキーワードとして私は考えております。

 また武田=甲斐
  というのが主な勢力圏だと一般的に云われておりますが
 甲斐では三枝氏など他の大きな勢力が存在していたことから、
 武田氏のみが大きな力を持っていたわけではありません

 それに比べて安芸国(広島県)では鎌倉時代に守護になっており、
 さらに各地に所領を持って南北朝期まで圧倒的な力を誇っておりました。
 この安芸という地名が広島と高知で同じであり、武田の末裔である香宗我部氏が土佐の安芸に存在するのも面白いです

 どうやら土佐と広島が安芸で繋がっておる背景には 
 蘇我氏は孝元天皇より出た武内宿祢の子孫が土佐に移り住み安芸氏と名乗ったという事なのです。
 武内宿祢(たけうちすくね)という人物は伝説的なヒーローと考えていただいても良いかと思います。詳細はこちら

 【高知の安芸市史(資料編)にはこう書かれております】
  元来安芸国安芸郡安芸村とは広島なり。
  この地に多気神社と称する古社あり
  その祭神は孝元天皇及び武内宿祢(たけうちすくね)を祀る
  此は土佐の地に武内宿祢の子孫移り住し子孫が繁栄し、
  社を築きて祖先を奉祀せしなるべし
  然るに土佐奈半利に多喜神社と称する延喜式社あり
  祭神は孝元天皇及び武内宿祢(たけうちすくね)を祀る
  この広島県と高知県安芸と祀神誌として一脈相通ずる処あり
  然案ずる処中国地方に住せし武内氏の子孫土佐に来たりて
  奈半利に住し子孫繁栄し
  是亦先祖たる多喜神社を奉祀せるなりしを推す。
  是して其の住する土地を祖先の地名をとり安芸とせしならん
  偶左大臣蘇我赤兄土佐に配流し来り
  祖先を同じゆせる族と会見し其の地名を取りて安芸氏と称へしならん
  
  又或いは安芸の大領域は守護を承りたるより其職名を言い伝へなす
  内氏も亦革りしやも知らず
  彼蘇我氏が何氏より又何時代より安芸と名のりしかは明ならざれ共
  赤兄より11代の孫実康、その子 実光、実俊の事どもを平家物語
  及び土佐国編年記事畧に「安芸の大領実康が子に安芸太郎、同次郎」
  とある 処より、鎌倉時代前期すでに安芸氏と改称せるを知るなり

  でましたね「蘇我氏ぴかぴか(新しい)   
  長宗我部氏は秦氏または蘇我氏の子孫だという説もありますし
  元々は秦氏蘇我氏との間に強い従属関係にもありました
  (秦氏の子孫が信濃(現在の長野県全域)に移って、さらにその子孫の能俊が土佐の長岡郡宗部郷に移り住み長宗我部になったとも言われております)

  その秦氏は多氏と底流でのつながりがあり、多氏は諏訪の国造になっておりました(諏訪氏も信濃国(長野県))
  諏訪というと武田勝頼の出生は諏訪氏です  
  蘇我はスゥオと発音されておったらしく(諏訪)ともピンインで同じとも言われております

  全てを当てはめるという事にはならないかもしれませんが、
  いずれにしましても、関連が無くはないんです晴れ
    
 

 ■安芸市立歴史民俗資料館
  ここに来るのも初めてです、安芸の事をもっと知りたくなった事はいうまでもなく、安芸市史(資料編・民俗編)の2冊を購入して、晩酌しながら読んでます(ですから集中力が持たず何度も読み返してます(笑DSC09909.JPG
  ↓
 ■安芸城跡
  今も土塁や石垣が残るなど、とても印象的でありました。
  また改めてゆっくり行きたい場所ですね
  ↓
 ■野良時計
  初めて行った場所でよかった(超短文ですみません)
  今度は家族と一緒に探索したいです
  ↓
 ■岩崎弥太郎の生家
  岩崎弥太郎に関してはまた別件で記事にしたいと思っております
  ↓
 ■矢流砦戦跡
  ここで国虎と長宗我部元親の戦いがあったんですね
  この戦いの後、香宗我部親秦は安芸城に入るんです
  ↓
 ■などなど

 いやー盛りだくさんのツアーでした、
とても面白かったですね、もうだいぶ以前のことなのではっきりとは思い出せないのですが、やっと記事を書くことができるようになって良かったです。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)
 この後、皆さんと慰労会?で盛り上がりました、本当にありがとうございますexclamation×2

 PS
実は記事は12月にだいぶ出来上がっていたのですが、PCの故障により5つの新記事が消滅もうやだ〜(悲しい顔)
 仕事もいまだかつて無いほど忙しくなり、子供も小さく、多くの諸事により時間をとられていたので、本当に遅くなりましたあせあせ(飛び散る汗)
  
 4月からは仕事が激減しますので、また記事や会に打ち込めます!
どうぞ宜しく!!ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)
posted by makkun at 11:09| 高知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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