2010年07月26日

本日は大崎八幡宮が建立された日=武田家再興記念日(旧6月15日)と各地の催し


 晴れ本日は7月26日(旧6月15日)

 土佐に武田勝頼が来て、大崎八幡宮を建立したのが
 天正14年(1586)丁亥6月15日です。
 
 寺村より大崎の川井に下って来て、川井神社(大崎八幡宮を建立し、武田八幡宮より携えて来た木像や鏡を奉納する。


<今朝の大崎八幡宮社殿>
DSC03404.jpg

やわらかい朝日が美しく社殿を照らしておりました。

DSC03407.jpgDSC03408.jpgDSC03409.jpg
<勝頼くんせんべいをお供えしました>


 建立祝いに踊った手踊りは玄蕃踊りと呼ばれ、現在でも多くの人に受け継がれています。

 詳細はこちらに(クリック)
genba00372.jpg

 各地での催し(7月26日本日(旧6月15日)
 佐川町室原の玄蕃踊り 午前11時〜
 佐川町川内ヶ谷中山の土居・大乗院の玄蕃踊り

 ☆実は先ほど聞いた話では佐川町の他の部落でも玄蕃祭を続けておるところがあるそうで、昨日行われたとの事です。きっと日曜日に合わせたのでしょう。ぴかぴか(新しい)

 以前まで6月15日行っていたところ
 越知町の中大平の玄蕃踊り
 仁淀川町(旧吾川村)上名野川 都踊りの玄蕃踊り
 仁淀川町(旧吾川村)大崎
 ・三野 ・岩井口 ・長竹 ・大平 など

 現在確認されているのは、これらの地域です。


 勝頼が大崎八幡宮を建立した事によって、武田勝頼一族は再興への形を表したと考えられており、
 いわば6月15日は、武田一族の再興記念日です。ぴかぴか(新しい)


 片岡氏が衰退したころ、この神社(城)は建立され、信勝も津野氏の元で活躍、娘の左馬助との婚姻にて勢いを増し、各地に土地を持っておりました。山内氏が入って来た後、佐川町に土地をもてた事自体が不思議ですが、
勝頼達はこの後、駿河の地を目指し、半生をそちらで送ったとされております。静岡の子孫の方から教えて頂いた伝承では、多くの子孫を残し、再興を計ったようです。

 後日、この内容もブログで公開させて頂きます。わーい(嬉しい顔)


 大崎八幡宮社殿を写した他の写真です(以下)
DSC03411.jpgDSC03410.jpgDSC03412.jpg 
 

 

 

 
posted by makkun at 09:48| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック