2011年04月20日

天界集落へのいざない【4】ついに桜伝説の撮影に成功!〜ひょうたん桜〜宗津

カメラこの画像や映像は、伝説を初めて捉えた貴重なものとなりましたぴかぴか(新しい)


晴れ伝説のとおり、ひょうたん桜の大木の上部にあたる山から太陽が昇ります晴れ



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仁淀川町桜の
ひょうたん桜には、大崎玄蕃こと武田勝頼の伝説があります。

仁淀川町桜は山の尾根の松山街道に沿った天界集落で、風光明美な場所として知られ、特に桜の咲く時期には多くの観光客が訪れます。

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 ひょうたん桜の中でもひと際大きい桜は「大藪の彼岸桜」と呼ばれ
樹齢が400年以上(地域では500年といわれる)あると伝えられております。

このひょうたん桜は、武田信玄の4男である武田勝頼が甲斐から来た時に
この場所(旧:大崎村大藪)を武田家再興の場所として定め、大山祇神社から受けてきた
大山祇神を祀り、大山鎮めを行い、この集落を拓いたと伝えられております。
さらに、ここには
武田信玄の3男の子であります武田神社と武田平(半?)四朗の墓というのもあります。


武田勝頼が拓いた村「大藪(おおやぶ)」


大山鎮めを行った場所へ杖を立て、薬として甲斐から持ってきた桜の種を撒いて実ったのがおこの大きな「ひょうたん桜」だと云われております。


この場所こそが、現在ひょうたん桜の大木が咲き誇る場所なのです。

そして、この「桜」の集落の真西の対岸には「宗津」という集落があります。
その集落の大山祇神社から春分の日に、対岸の桜集落を見ると、ひょうたん桜の大木の真上あたりから太陽晴れが昇るといわれております。

以前、長野県から来て頂いたシンガーソングライターの美咲さんのマネージャーの方が
方位磁石を取り出し、「この桜の真西には何がありますか?」と聞いてきたので
「大山祇神社です」と答えたところ驚いていた様子でした。
なんでも、勝頼の生まれ故郷「諏訪」では太陽信仰が重んじられていたという事です。
また「杖」は柱を表し、どちらも大変重要な行為だと考えられております。


【桜(大藪)と宗津の位置関係】

真東(桜)と真西(宗津)に存在する。下の画像は太陽の日の出と日没の位置です。
障害物(山)により、位置がだいぶ異なることはあります。
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また、日の出と、日の入りの方向に偶然かもしれませんが、明神山と黒森山があります。
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それ以来、私はこの太陽の昇る伝説を確かめようと、春分の日(3月21日)を待ちわびておりました。
○こちらが昼間に宗津側から見た、桜の集落です。○

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そして、その伝説の瞬間を捉えた画像と映像で、その時の模様をお届けしますぴかぴか(新しい)

まず、春分の日までにシュミレーションできないかと、グーグルアースにて3月21日(春分の日)に太陽の出る位置を確認することから始めました。
これがその画像です。
ひょうたん桜の位置.jpg

元画像↓
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すると、なんと伝説どおりに桜の真上に近い場所から日の出が確認できましたexclamation×2
パソコンでのシュミレーションなのですが、これには期待も高まります。


そして、3月23日、
(21日は天候に恵まれず23日とさせていただきました。ほぼ太陽の昇る場所に差は無いはずです)


午前6時40分。私は桜の対岸にあります、宗津から朝日が昇るのを待ちました。


武田勝頼の桜伝説に会えた感動の瞬間!
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その場所から確かに太陽晴れが昇っていきます! 
なぜ、勝頼はこの場所を再興の地にしたのか?

それが太陽信仰や大山祇神社、
大祝(諏訪大社や大山祇神社に共通する神主の最高位)
様々なキーワードが答えを出してくれているかのように思いました。
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◆日の出の動画です。伝説と神話(武田勝頼と日本古来の信仰)◆






こちらが、宗津の大山祇神社
 年間を通して多くの祭礼が行われ、毎年3月22日には春祈祷や諸難除けの祀りが行われます)
太陽の光が次第に、境内から社を照らして行く様が幻想的でした。
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この光景は秋分の日にも見られます。


iPhoneの太陽位置確認ARソフトでも併せて確認しました。
このARソフトは若干位置がズレて表示されます。
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便利なのは確かです。その時間の太陽の位置が(若干のずれはあるにしろ)確認できます。



伝説の日の出で作った武田割菱!
日光の光がクロスしていたので、写真を5枚重ねたら、なんと武田菱が浮かびあがりましたるんるん
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割菱の形は田んぼの「田」ですよね、「田」には宇宙を表すという意味があるようです。
太陽で作った宇宙ですわーい(嬉しい顔)


3月22日に大山祇神社にて行われた祭礼です。
春祈祷や諸難除け
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午後からは集会所で戦没者の慰霊祭が行われました。
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神前には、村の五方に立てる木札と竹に方位除けのお札としめ縄
祓行事が終わったあとに、氏子が5か所に立てて、村の安全を祈ります。

神社では氏子が集まって囲炉裏を囲み祀りの準備。
境内には、名野川磐戸神楽の切り絵や、長州大工の彫り物が美しく
凛とした空気に満ちております。
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神社で祭礼が終わった後は、山の神の本体(ご神体)がある場所へ行きお祭りします。
「石休み場」と呼ばれる場所で、大山祇神社から8分程度かかる場所です。
古より、この岩くらを山の神の降りる場所としてお祭りしております。

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帰りに、「首切れ岩」を撮影。左手に見えるのがそうです。
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昔、力のある大男たちが、岩をかつぎ上げたと伝えられていますが、
なかなかそんな簡単に持ち上がりそうにはありません。

■お昼からは戦没者慰霊祭
集会所はなかなか広く、敬老会や様々な行事で使われて、
高機能なカラオケシステムもあります。
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こちらは宗津の昔の風景写真です。昔は山の上まで全て畑、すごい風景です。
現在は植林だらけになってしまいました。
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かわいいさて、お次のブログでは桜の写真などをお楽しみ下さい。
仁淀川町は素晴らしい場所です。わーい(嬉しい顔)
posted by makkun at 18:01| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 天界集落へのいざない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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